2021/12/12

第4部 忘れられた男     19

  テオが鞄を下げたまま憲兵隊のビルから出て、タクシーを拾おうと通りを見ていると、ロペス少佐が護送車を引き連れて出てきた。テオの横で彼は自分の車を停め、護送車を先に行かせてから、窓を開けて声をかけた。

「乗って行かれますか? バスターミナルのそばを通るので。」
「グラシャス!」

 テオは後部席に鞄を置いて、助手席に乗り込んだ。車はドアが閉まるとすぐに動き出した。

「あの男は・・・」

と少佐が言った。

「アリアナのことは全く触れませんね。」
「ええ、俺もそれが気になっています。彼女のことを全く気にしていない冷たいヤツだとも思えるし、故意に無視しているのかも知れない。」
「彼女とあの男は、仲は悪かったのですか? 子供の時から?」
「仲が良いとか悪いの問題ではありませんでした。俺達は3人だけ、外部と隔離されて育ちましたから、遊ぶのも食事をするのも勉強するのも、寝るのも一緒でした。周囲は大人しかいませんでしたから。喧嘩する時も、誰が誰の味方、と言うこともなかったです。例えば、エルネストと俺が喧嘩しても、アリアナは傍観しているだけ。彼女と彼が喧嘩しても、俺は関心がなかった。つまり、」

 テオは溜め息をついた。思い出せば思い出す程、己が異常な育ち方をしたとわかる。

「俺達は自分のことしか関心がなかったのです。だから、現在もエルネストは彼自身の身の上しか考えていない。アリアナと俺がセルバで人間の温かい心に触れて、やっと本当の生き方を見つけたのに、彼はまだその体験もしていないのです。」
「残念ですが、彼にその体験をさせる時間的余裕はありません。」

 ロペス少佐が硬い表情で言った。

「大統領警護隊の司令部は、彼がセルバにスパイ行為を働く目的で来たのではないかと疑っています。彼がカルロ・ステファンを誘拐した当事者であることが、確実に彼に不利な状況を作り出しています。」
「わかります。」
「長老会は、警察や憲兵隊の様な慎重な捜査と言うものを望みません。疑わしきものは直ちに排除する、それが”ヴェルデ・シエロ”のやり方です。ですから、シショカが動いたのです。」

 外務省に、と言うより、大統領警護隊の隊員としての事務官のロペス少佐に、”砂の民”の動きが報告されたのだ。そしてロペス少佐は、それは拙いと考えた。現状はどうあれ、一度はセルバと深い関わりを持ったアメリカ人が、セルバで消息を絶ってしまうのは、政治的に良くないと判断した。

「エルネスト・ゲイルはセルバに長く滞在すればする程命を縮める確率が高まると言うことですね。」
「スィ。でも私は彼をセルバでは死なせたくありません。アリアナが彼を嫌っているとしても、貴方と彼女のかつての身内だったのですから。」

 テオは、このシーロ・ロペスと言う事務方の軍人を今まで誤解していた様な気がして、反省した。この男は”ヴェルデ・シエロ”らしく感情を表に出さないだけで、実際は他人を心から思いやり、情熱的に愛せるのだ。もしかすると、アメリカのセルバ大使館で初めて会った時から、アリアナに心を惹かれていたのかも知れない。

「エルネストの処分は、貴方の裁量にお任せします。」

とテオはキッパリと言った。

「俺は彼とここで会ったことを決してアリアナに言いません。貴方の仕事の妨げにならないよう、一切彼とは未来永劫関わりません。約束します。」
「グラシャス。」

 ロペス少佐は前を向いたまま、もう一つ情報をくれた。

「あの男の件が片付く迄、ケツァルとステファンをジャングルの奥へ隠しておきます。長老会に心配性の人がいて、2人があのアメリカ人と偶発的でも出会うことがないよう、気を回したのです。」



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