2021/12/13

第4部 忘れられるべき者     2

  住民が消し去られて50年以上経ったイェンテ・グラダ村跡地は、木々が生い茂っていた。そこに人間の営みがあった景色など微塵も残っていなかった。それでも長老達は用心深く辺りを歩き回った。ケツァル少佐とステファン大尉は命じられた位置にそれぞれ立って、警戒に能った。少佐は携帯電話を出してみた。オクタカス村は携帯電話の使用圏内に入ったと言う話だったが、流石にイェンテ・グラダ村跡地では無理だった。
 背が低い方の男性の長老が少佐のそばに来た。

「ケツァル、ここの衛星写真と言うものを見ることは出来るか?」
「残念ながら、ここでは無理です。オクタカス村へ行けば見られますが。」

 長老が木々の間を歩いている仲間をチラリと見遣った。

「彼はここがイェンテ・グラダだと言うが、村の痕跡が何一つ残っておらぬ。」
「痕跡を消しに来たのでしょう?」
「その筈だ。しかし消すべき物が見つからぬ。」

 長老達は歩行に杖を必要としない健康な状態だったが、それぞれ杖を持参していた。それで彼は地面を叩いた。

「本来なら、我々一族の密林での住居は、石の土台の上に木で小屋を建てる。上部の木の部分が朽ちて失われても土台は残る。」
「その土台を消しに来たのですよね?」
「スィ。しかし、その土台がどこにもない。」

 その時、薮の向こうでヒュッと言う声が聞こえた。集合の合図だ。長老が少佐に「ついて来い」と合図したので、少佐は彼の後をついて声が聞こえた場所へ走った。
 集合をかけたのは女性の長老だった。彼女は仲間が全員集まったことを確認すると、杖で目の前の若い楡の木を指した。
 その木は奇妙な成長の仕方をしていた。右斜めに真っ直ぐ伸び、5メートルほど成長してから上へ曲がって伸びていた。根元の地面が少々周囲より高い。
 女性の長老は杖を楡の木の根元に刺した。杖は驚く程素直に地中へ差し込まれて行った。彼女は背が高い男性の長老を振り返った。

「この木が生えている場所は、どんな場所だったか覚えておられますか?」

 質問された長老は周囲を見回した。古い記憶を呼び起こし、過去の映像を確認しているのだろう。やがて彼は楡の木を見て、言った。

「そこは井戸があった場所だ。」

 女性の長老は頷いた。

「誰かが土台に使われた石を集めて井戸を埋めたようです。そこにこの木が根付きました。木が成長すると、地面の下が石で隙間が出来ている為に傾いてしまったのでしょう。」
「誰が井戸を埋めた?」

 背が低い長老に訊かれて、背が高い長老が首を振った。

「知らぬ。この木はまだ芽生えて20年ほどではないのか?」
「では、20年から30年ほど前の間に誰かが来て、土台の石を集めて井戸を埋めたのか。」

 仲間達に仮面を被った顔を見つめられ、背が高い長老は首を振った。

「儂の身内ではない。儂はまだ若輩者だったが、族長からも頭からもそんな話は出なかった。第一、その時期は、オルガ・グランデの戦いの最中ではないか。」

 長老達の会話に割り込むのは礼儀に反するので黙っていたが、カルロ・ステファン大尉は自分の考えを言いたくなったので、軽く咳払いしてみた。長老達が彼の気持ちの動きに気がついて振り向いた。

「なんだ、言いたいことがあるのか、黒猫?」

 ステファンはケツァル少佐があまり歓迎しないと言いたげな表情をしたのを見なかったふりをして、意見を言った。

「ニシト・メナクが来たのではありませんか?」

 3秒程沈黙があり、それから背が高い長老が否定した。

「それはない。メナクはあの時点で既にトゥパル・スワレに憑依していた。スワレが石を運ぶ土木作業に身を使うとは思えぬ。それに、あの男にこの村の痕跡を消さねばならぬ理由はなかった。」

 あっさり否定され、ステファンは大人しく、わかりました、と引き下がった。そしてチラッと姉を見た。ケツァル少佐は森の奥を見ていた。
 女性の長老が天空を見上げた。

「まだ日が高いですが、ここへ来た目的は失われていました。どうしますか?」
「私は誰がここの後始末をしたのか、気になる。」
「私もだ。」

 2人の男性長老がこの場に残ることを希望した。
 女性長老は頷くと、ケツァル、と少佐を呼んだ。少佐が振り返ると、彼女は命じた。

「野営の準備をなさい。ステファンは水場の確保。」




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