2021/12/12

第4部 忘れられるべき者     1

  雨季が完全に終わっていない。空気中の湿度が高く、この国の大地に生まれた筈の種族である”ヴェルデ・シエロ”にとっても蒸し暑くて不快な天候だった。空は晴れていた。強烈な日差しが照りつけると、高齢者には辛いのではないか、と若い大統領警護隊の隊員達は心配になった程だ。
 グラダ・シティの地下神殿の”入り口”からオクタカス遺跡の近くにある”出口”に出た時、カルロ・ステファン大尉は、2年前の発掘隊監視任務に就いた時にこの”通路”の存在を知っていれば良かった、とちょっぴり後悔した。尤も空間通路は常に同じ場所に生じる訳でなく、2年前の彼は自力で”入り口”を見つけたり”出口”を作る能力を持っていなかった。それに司令部の許可なしに地下神殿に出たりすれば、速攻で営倉行きだ。
 先頭に立ってジャングルの中を歩いて行く彼の後ろを、斑模様の貫頭衣と奇妙な紋様入りの仮面を身につけた長老会のメンバーが3人、殿にケツァル少佐がついていた。長老の足を考え、ステファンは普段よりゆっくりめに歩いていた。久しぶりに着用した迷彩柄の戦闘服とヘルメットが身に馴染んで心地よかった。虫や蛇を追い払う為に彼は微弱な気を放っていた。それでも長老達には感じ取られた。背後で囁き声が聞こえた。

「これでも弱い方だ。」
「修行をする前と比べれば、かなり抑えている。本部にいる時は完璧に消しているぞ。」
「もう気の抑制に関する修行は終わったと考えて良いでしょう。次は呪いに関する対処法を学ばせる頃合いです。」

 このジャングル派遣は、修行の成果を確認する試験なのか?とステファンは思いつつも、アサルトライフルをいつでも撃てる心構えは忘れなかった。倒木を跨ぎこした時、後ろで長老の1人が声を掛けた。

「11時の方向へ、黒猫。」

 進路の指示に従って5分程歩いた時、突然最後尾でケツァル少佐が喉を鳴らした。

 クッ

 忽ち5人全員が地面に伏せた。東の上空からバタバタと機械音が聞こえて来た。高い位置の樹木の枝や葉が振動した。”ヴェルデ・シエロ”達はヘリコプターが完全に飛び去る迄そのまま森の一部になって静止していた。
 音が十分遠ざかり、ヘリコプターが引き返して来る様子がないと確信して、少佐が声を掛けた。

「もう大丈夫です。」

 一行が立ち上がった。

「空軍か?」
「医療ヘリコプターです。医師と看護師を乗せて、無医村を巡回しているのですよ。」

 そう言った女性の長老は軽く衣類からゴミを払い落とした。ふーんと背が高い長老が呟いた。

「保健省もまともなことをしているのだな。」

 彼はステファンに声を掛けた。

「幹に蛇の紋様が浮き出ている木を見つけたら、そこがイェンテ・グラダだぞ、黒猫。」
「承知しました。」

 蛇の紋様だって? とステファンは心の中で疑問を呟いた。まさか樹木に彫刻してそのまま放置したのか? ”ティエラ”に見られたらどうするんだ?
 さらに半時間程歩いて、その蛇の紋様が浮き出ている樹木が本当に現れた時、彼はちょっと驚いた。楡の木なのだが、その幹にまるで錦蛇が絡みついたような紋様が浮き出ていた。蛇の部分は盛り上がっており、彫刻ではないとわかった。
 立ち止まったステファンの横に背が高い長老が並んだ。幹を撫でて囁いた。

「よくこの地を守ってくれた、ご苦労だった。」

 彼は一行を振り返って宣言した。

「ここが、イェンテ・グラダがあった場所だ。」


 
 

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