2021/12/13

第4部 忘れられるべき者     3

  サラが造られていた岩山は中央が陥没していた。2年前、フランスの発掘隊が撤収した後ステファンは陸軍の警備部隊にサラの爆破を命じた。警備部隊は命令通り、上手に裁判用の遺跡だけを破壊していた。僅か2年前だが、その陥没した地面を草木が覆い尽くそうとしていた。植物の生命力の強さに感心しながら、ステファンは岩山の裏で湧水を発見した。5人分の水筒を満たすとそれ以上の水は汲まない。長老達は高齢だが、十分ジャングルの中を独り歩き出来る人々だ。水筒が空になれば各自彼の匂いを追跡して水場にたどり着ける。
 野営地に戻ると、ケツァル少佐が立木を何本か選んで樹上に寝床を作っている最中だった。彼は水筒を荷物置き場として造られた木の棚に置くと、立木に登って姉の作業を手伝った。

「男女差別を言う訳ではありませんが、これは男の仕事だと思いますね。」

と彼はハンモックを設置する手伝いをしながら言った。そうですか?と少佐が苦笑した。

「貴方は2年前、この周辺で監視業務に就いていましたから、地の利があります。だから森の中を歩く時の先導や水場探索に選ばれたのでしょう。」
「それなら全部私に任せてもらっても良かった。貴女は長老達と共に村の遺構調査をされた方がお似合いでしょう。」

 木の実が飛んできたので、彼は避けた。おやおや、と彼は思った。姉は先祖が殺害された場所を歩き回るのが嫌なのだ。長老も多少は気遣って彼女を列の最後に置いた。考えれば、2人共村の遺構の中に足を踏み入れたのは、あの井戸跡に生えていた楡の木を見に行った時だけだった。
 長老達も、イェンテ・グラダ村の殲滅作戦が行われた時はまだ若かったのだ。恐らく10代後半から30歳になる前だっただろう。”砂の民”の長老は頭目の指図通りに動いただけだ。もしかすると、この日ここに来ている他の長老の2人は殲滅事件が起きた当時は、村の存在すら知らなかったのかも知れない。後に事件のあらましを一族の負の歴史として学ばされたに違いない。
 木の下に女性の長老が現れた。2人の若い”ヴェルデ・シエロ”は呼ばれる前に素早く木から降りた。ケツァル少佐が敬礼して報告した。

「野営の準備が整いました。お好きな場所でお休みになられて結構です。」
「グラシャス。」

 長老が仮面の下で溜め息をついた。

「こんな場所迄来て形式にこだわるのもどうかと思いますが・・・長老会の任務中でも神殿の外では仮面を外して良いと言う規定がないので困ります。暑くて堪りません。」

 少佐は仮面の向こうの金色の目が彼女の服装をジロリと眺めたのを感じた。長老が呟いた。

「早く私もその服に着替えたい。」
「どうかご辛抱を・・・」

 少佐に目で命じられて、ステファンは水筒を一つ持ってきた。長老はそれを受け取り、礼を言ってから、一つだけ嬉しいことを教えてくれた。

「殿方が、野豚を仕留めました。今夜は5人だけで堪能出来ますよ。」

 長老が再び村の遺構に戻って行くと、ステファンが肩をすくめた。

「狩りなら、私に言ってくれればいくらでもして差し上げるのに。」

 ケツァル少佐が声を立てずに笑った。

「まだ腕が鈍っていないことを示しておきたいのでしょう。」



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