2021/12/14

第4部 忘れられるべき者     10

  大統領警護隊には副司令官が2名いて、一月毎に夜と昼の当番を入れ替わっていた。ブーカ族とマスケゴ族のハーフのトーコ中佐と、純血のブーカ族、エルドラン中佐だ。トーコ中佐はどちらかと言えば武闘派で、エルドラン中佐は聖職者の様だ、と言うのが部下達の陰での評価だった。ケツァル少佐も文化保護担当部の部下達も、そして遊撃班に異動したカルロ・ステファン大尉も、武闘派ではないつもりだったが、何故かいつも副司令官室に呼ばれる時は、トーコ中佐が当番の時だった。
 久しぶりにケツァル少佐とステファン大尉は2人揃って副司令官室に呼び出された。正確に言えば、長老達をイェンテ・グラダ村で護衛した首尾の報告と、オクタカス遺跡の盗掘グループを逮捕した件の報告だ。
 いつもの様に”心話”で報告を受けると、中佐は2名にそれを文書で残しておくように、と言った。ステファン大尉が思わず質問した。

「長老が『ここだけの話』と仰った内容もですか?」

 トーコ中佐はケツァル少佐が横目で彼を睨みつけるのを見た。少佐の報告には、「ここだけの話」は含まれていなかった。大尉が馬鹿正直に全て報告してしまったのだ。

「ステファン大尉・・・」

とトーコは頭を抱える仕草をして見せた。このメスティーソのグラダは純粋過ぎる。

「君は長老が『ここだけの話』と仰った内容を全て私に語った。私は規則により、聞いてしまった話を記録に残さねばならない。」

 大尉は中佐を見て、それからギクリとして少佐に振り向いた。

「貴女は情報をセイブされた?」
「当然です。」

 ケツァル少佐は、熱が出そう、と思いつつ肯定した。ステファンは気の制御が出来なかった時でも、生まれて母親から”心話”を教わって以来、ずっと”心話”を使ってきた。他の能力は使えなくても、”心話”は自由に使えたのだ。情報のセイブなど朝飯前の筈ではないのか。
大尉は赤面した。

「申し訳ありません。長老からお聞きした内容を忘れるのを忘れていました。」

 もう良い、と中佐が手を振った。

「君は高度な機密情報を扱う地位に向いていないのかも知れない。」

 ステファン大尉は唇を噛んだ。司令部に入るつもりはないが、昇級はしたかった。せめて異母姉と肩を並べる位に昇りたかった。だが大統領警護隊の佐官は”ティエラ”の軍隊の将官に相当する。国家機密を扱える階級だ。

「まだ若いですから。」

と姉が助け舟を出した。

「修行が足りないだけです。」

 トーコ中佐が苦笑した。

「書類に残したりしない。わかっているだろう、2人共。」

 彼は笑を消して大尉を見た。

「記録に残しなどしたら、君も私も長老に消される。語った人が、あのお方なのだから、尚更だ。」
「では・・・」
「忘れろ。」
「承知しました。」

 ステファン大尉は体を硬くして応えた。副司令官が言った。

「持ち場に戻れ。」

 大尉は敬礼して、部屋から出て行った。ドアが閉じられ、5分程中佐と少佐は無言で石像の如くその場に残った。
 それから、徐にトーコ中佐は席を立ち、部屋の隅のキャビネットの引き出しから銀色の包みを2本出して来て、ケツァル少佐の前に1本を転がした。少佐がそれを拾い上げるより前に、彼は己の手元に残った物の銀紙を剥がし、中のチョコレートを齧った。少佐も軽く礼をして、チョコバーの包みを剥がした。

「シーロ・ロペスは・・・」

と中佐が口を開いた。

「例のアメリカ人をテキサスの海岸に捨てたそうだ。」
「おや、早かったのですね。」
「彼は少し急いでいた様子だった。結婚休暇が間近に迫っているからな。」

 ケツァル少佐はエルネスト・ゲイルの生死を尋ねなかった。トーコ中佐も言及しなかった。

「ところで今食べているチョコバーだが、セルバ産だ。サンシエラが新しく売り出すそうだ。」
「道理で、初めて食べる味だと思いました。」
「スニッカーズに対抗出来るかどうか、わからんが、商品のイメージソングをロレンシオ・サイスが作るらしい。」
「ああ、あの人が・・・」
「歌だけヒットしてチョコレートが売れなければ、サンシエラはビターな思いをするだろう。」

 

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