2021/12/14

第4部 忘れられるべき者     11

 「予想したより出張が短くて、少佐が水曜日には帰って来ちゃったんです。」

とマハルダ・デネロス少尉が無邪気に語った。

「ロホ先輩は臨時指揮官の仕事にすっかり乗り気になっていたのに、御大が帰られたので、がっかりしています。」

 その様子が想像出来て、テオは笑ってしまった。彼とデネロスはグラダ大学のキャンパスでアンドレ・ギャラガ少尉を待っていた。ギャラガは通信制の大学に見事合格して、晴れて大学生になった。義務教育を一切受けずに育った男が、いきなり大学生だ。デネロスは彼に学生の心得を叩き込むのだと粋がっていた。どうも彼女は熱血教育者になりそうだ。

「お待たせしました!」

 ギャラガが事務手続きを終えて走って来た。文化・教育省で働いているのだから、あの雑居ビルで必要な書類処理をしてやれば良いのに、とテオは思った。大統領警護隊なら、その程度の無理は通るだろう、と言うと、デネロスが反論した。そんなことをすると、アンドレが何時まで経っても大学に馴染めないだろう、と。言われてみればそうだ。スラム街と軍隊しか知らずに成長した男が、普通に大学生活を楽しむには、慣れが必要だ。

「主要担当教官は誰だい?」

 訊かれてギャラガは書類を見直した。げっと言いたげな表情をしたので、テオは予想がついた。

「まさか、ムリリョ博士?」
「スィ・・・」

 ギャラガは1度ムリリョ博士に面会した経験があった。純血至上主義者で頑固そうで、口を利いてくれそうにない高齢の博士。面会時に博士と言葉を交わしたのは、ステファン大尉で、彼は大尉の後ろに隠れる感じだった。実際は隠れていなかったけれども。
 デネロスが笑った。

「大丈夫、大丈夫! ムリリョ博士はお休みが多いから、大概スクーリングの時はいないのよ。学生の面倒はケサダ教授に一任されているの。」
「ああ、ケサダ教授か・・・」

 ギャラガがホッとした表情になったので、テオは可笑しくて笑った。

「あの教授なら安心して師事出来ます。優しいし・・・」
「優しいのは雑談の時だけ。レポートは厳しいわよ。」

 通信制なので、主にレポートが授業のメインになる。デネロスは考古学部を卒業したが、また別のコースを履修している。こちらも忙しいのだ。しかし、ケツァル少佐が出張から戻るなり、オクタカス遺跡の発掘監視の準備に入れと命令したので、相当今期は厳しいな、と覚悟していた。 初めての長期監視任務、しかもジャングル奥地だ。前任者だったステファン大尉に、オクタカス遺跡についての情報を聞いておかねばなるまい、と彼女は考えていた。
 
「今日はオフィスに戻るんだろ?」
「スィ。」
「夕方は定時で終わり?」
「スィ!」

 2人の少尉が声を揃えて返事した。ギャラガの入学に祝杯を上げなければ、とテオが言いかけると、後ろから声をかけて来た人がいた。

「ドクトル・アルスト。」

 振り返ると、さっき話に上ったフィデル・ケサダ教授だった。手にビニル袋を持っており、袋の中身は薄汚れた布に包まれた物だった。テオは嫌な予感がした。

「何でしょう、ケサダ教授?」
「一つ頼まれてくれませんか?」

 教授が袋をテオの目の前に差し出した。

「クイのミイラです。ある遺跡から発掘された物ですが、どこで採れたものか、D N Aで分析して頂きたい。」

 クイは大型の齧歯類で、家畜として飼育されている。
 テオは袋を受け取る前に質問した。

「分析に費用がかかった場合、請求しても良いですか? 前期に成分分析の費用で、スニガ准教授とちょっと気まずい思いをすることになったので・・・」
「気にせずに請求して下さい。」

 半ば強引にケサダ教授はテオの手に袋を持たせた。

「来週の火曜日迄にお願いします。もしD N Aが採取出来なかった場合は、早急に連絡願います。こちらも研究の段取りがありますから。」
「わかりました。」

 教授は学生少尉達には目もくれずに去って行った。ギャラガが呟いた。

「マジで、厳しそう・・・」


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