2021/12/19

第4部 悩み多き神々     10

  大統領警護隊遊撃班の指揮官チュス・セプルベダ少佐は、文化保護担当部の遣いだと言う白人男性が持ってきた文書を読んで、吹き出してしまった。綺麗に印刷された文書にはこう書かれていた。

 本日0800より軍事訓練を行います。遊撃班のご協力を要請します。
当部署では、遊撃班所属カルロ・ステファン大尉を捕虜として拘束しております。
場所はイゲラス通りの廃棄された染色工場跡。
本日1800迄に我々から彼を奪還して下さい。出来ない場合は、次の予算審議会で遺跡監視費用の増額に賛成票を願います。
    文化保護担当部指揮官 シータ・ケツァル・ミゲール少佐

 もう1枚手紙が入っていて、そこには、肉筆の走り書きがあった。

 女を怒らせると碌なことになりません     ステファン

 セプルベダ少佐はケツァル少佐を怒らせた覚えはなかった。だから、これは姉弟喧嘩が変な方向へ発展したのだな、と思った。だがこの軍事訓練参加要請を断る理由がなかった。遊撃班は他部署から応援要請があれば応じて加勢するのが任務だ。それに、僅か5人で国内の遺跡監視業務を行なっている文化保護担当部は日頃から山賊やゲリラ相手に戦っている実戦部隊だ。都会の本部に設置された安全な施設内で訓練するだけの隊員達に、刺激を与えるのにちょうど良い要請だった。
 セプルベダ少佐は秘書に言った。

「遣いの人に、文化保護担当部の宣戦布告に応じる、と伝えよ。それから、ステファンには、くれぐれも敵に寝返るな、と告げておいてもらえ。」

 秘書が部屋を出て行くと、少佐は時計を見た。午前7時半だった。少佐は席を立つと廊下に出て、気を放った。集合の合図だ。
 各部屋から一斉に隊員達が飛び出してきた。常から集合がかかれば直ぐに出る心構えが出来ている。廊下に立った部下達に指揮官は言った。

「文化保護担当部が我が班のステファン大尉を人質に取ったと連絡してきた。場所はイゲラス通りの廃棄された染色工場だ。これから本日1800迄に彼を取り戻さねばならん。これは訓練だが、決して気を抜くな。相手は、グラダのケツァルとブーカのマルティネスだ。気の大きさは半端ではない。油断すると訓練と雖も命に関わる大怪我をするぞ。」

 大統領警護隊は想定外の訓練があっても動揺しない。廊下に緊張感が漂い、空気が凍りついた様な冷たさになった。
 誰かが質問した。

「クアコとデネロスもいるのですね?」
「スィ。」
「ギャラガも?」
「スィ。それに、厄介だが、民間人が1人参加している。白人の”ティエラ”だ。彼には絶対に怪我をさせるな。守護者としての”ヴェルデ・シエロ”の誇りを守れ。」

 隊員達が一斉に、オーッと声を上げた。少佐が声を張り上げた。

「0800開始だ。急げ!」

 忽ち遊撃班の隊員達は出撃体制に入った。車両部に走る者、武器庫に走る者、後方支援準備に入る者。
 警備班の隊員達がその慌ただしい動きに気づかない筈がない。官舎で寝ていた非番の隊員達も遊撃班が放つ強い緊張感に目を覚まされた。何が起きているのかわからないが、出動準備で走り回っている遊撃班に声を掛けて邪魔することは許されない。
 セプルベダ少佐が己の武器の装備を整えていると、当直の副司令官エルドラン中佐から内線電話がかかって来た。

ーー遊撃班が慌ただしく戦闘準備をしていると報告が入っているが、何かあったのか?

 セプルベダ少佐は真面目な顔で答えた。

「文化保護担当部が当班の隊員一名を人質に取って、本日夕刻迄に取り戻せなければ次の予算審議会の折に味方せよと脅して来ました。若い連中の訓練に絶好の機会ですから、これから相手をしてやります。」

 武闘派のトーコ中佐なら、ここで大笑いするだろうが、冷静沈着なエルドラン中佐は、暫し沈黙した。それから、質問した。

ーーミゲール少佐の真意は?

 セプルベダ少佐は辛抱強く答えた。

「土曜日の軍事訓練です。彼女流の・・・」
ーーあの緩い部署のお遊びか・・・

 中佐が吐き捨てるように言った。

ーー隊員を死なせるなよ、セプルベダ。
「承知しております。」

 エルドラン中佐は文化保護担当部の実力を承知している。日頃の勤務はセルバ流にゆるゆるなのに、週末は生死をかけたお遊びをやっている部署だ。遊撃班の訓練には格好の相手であることを理解した。
 少佐は時計を見た。

「刻限が迫っておりますので、行きます。」
ーーよし、行ってこい!

 電話を置くと、セプルベダ少佐は部屋から飛び出した。

「出撃!」


 



0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...