2021/12/19

第4部 悩み多き神々     11

 何故こんな事態になったのだろう? とテオドール・アルストは考えつつ、車をイゲラス通りの廃工場へ乗り入れた。だが入り口に現れたギャラガにしっしと手で追い払われた。車を離れた場所に駐車せよと言われていたのだ。テオは慌てて方向転換して敷地外に出た。1分ほど走って、小さな教会前の広場に駐車した。そこは安全だと言われていた。ケツァル少佐のベンツもロホのビートルもなかったが、彼は借りてきたステファン大尉が使っていた大統領警護隊のジープをそこに停めた。緑色の鳥が描かれた車に悪さする度胸がある人間は、セルバ共和国にいないだろう。
 歩いて廃工場に戻ると直ぐに数台のジープがやって来た。どれも緑の鳥の絵が描かれている。テオは慌てて廃屋の中に駆け込んだ。
 汚れたガラス窓の向こうを眺めていたギャラガが声を張り上げた。

「早速包囲されましたよ。」
「車は何台?」
「5台。遊撃班ほぼ全員です。」
「セプルベダもいる?」
「いらっしゃいます。」

 よし、とケツァル少佐は頷くと、テオを振り返った。

「捕虜を2階の事務所へ連れて行って、見張ってなさい。」
「俺は君の部下じゃない・・・」
「そんなことを言える立場ですか?」

 少佐はアサルトライフルを振った。

「外に放り出しましょうか? 今出たら、向こうは実弾を撃ってきますよ。そもそも、これは誰のアイデアです?」
「乗ったのは誰だ?」

 副官のロホが階段の上で怒鳴った。

「裏手にM M Gを配備されました。」
「見張ってなさい。」

 少佐はテオに顎で指図した。

「早く!」

 仕方なく、テオは彼用に渡された拳銃をステファンの後頭部に押し付けて、歩け、と命じた。拳銃は彼の独断でロックしてある。ステファンは目隠しされて後ろ手錠の状態だ。歩きながら、彼が文句を言った。

「私の立場はどうなるんですか? 人質だなんて、情けない・・・」
「人質は逃げる努力をするのも訓練だろう?」

 目隠しされていてもステファンは階段を躓くこともなく、上手に上って行った。
 2階ではロホとデネロスがそれぞれ南北を受け持っていた。染色用の機械の錆びたのやら、大きな穴やら、埃だらけで天井から垂れ下がっているワイヤーを避けながら、小屋の様に設けられた事務所に入った。テオは埃だらけの椅子に捕虜を座らせた。

「俺は、まさか少佐が俺のアイデアを採用するとは思わなかったんだ。」
 
 彼が言い訳すると、ステファンが憮然とした声で言った。

「彼女は、戦闘ごっこが大好物なんですよ。」

 そして小声で付け足した。

「”ヴェルデ・シエロ”はこう言うシチュエーションが大好きなんです。」
「それで遊撃班も乗ってきた?」
「連中だって大喜びですよ。」

 いきなり下の方で銃撃音が響き、テオは肝を冷やした。銃声が響いた割にはガラス等の破壊音は聞こえなかった。

「さっきの方角は、アンドレの持ち場だな・・・」
「ガラスが割れていないので、彼は銃弾を全部落とせたのでしょう。」

 つまり、文化保護担当部と遊撃班が撃ち合って、双方の弾丸を気で破壊する練習をしているのだ。確かに、この訓練は、空間の大きさから考えて本部内では無理だろう。
 次は激しい連射音。機関銃だ、とテオはゾッとした。

「もうM M Gを使っている。」

とステファンが呆れた様な声を出した。

「指揮官が指図する筈がないから、担当者が自己判断で使ったな。」
「機関銃の使用はもっと後の方が良いのか?」
「まとめて弾き返せる結界を張る練習になります。敵が結界の張り方を学習してしまうと、銃火器での攻撃は困難です。これはマハルダの訓練にもってこいだ。」

 捕虜なのにステファンは解説者になっていた。
 機関銃の連射音は数分で止んだ。きっと指揮官が射手を叱っていることだろう。

「ところで、テオ、手首が痛いので革紐を少し緩めていただけませんか?」

 ”ヴェルデ・シエロ”は金属の手錠を簡単に破壊してしまえるので、縛る時は革紐やダクトテープを使う。

「申し訳ないが、カルロ、そんなことをしたら、俺が少佐に殴り倒される。」

  その時、事務所の中にロホが駆け込んで来た。テオの前を駆け抜け、ステファンを跳び越して、入り口の反対側の壁の窓のガラスの割れ目からアサルトライフルを突き出し、10発程連射した。
 テオはロホにともステファンにともなく、尋ねた。

「少佐はこの敷地全体を結界で覆っていないのか?」

 ロホが振り返った。

「そんなことをしたら、訓練になりませんよ。誰もあの方の結界は破れないんですから。」



 

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