2021/12/23

第4部 牙の祭り     4

  ロホはアスル達少尉3人を彼のビートルに乗せて会場に来ていたが、2人の少尉はバスで帰ってしまった。それでケツァル少佐とテオ、アスルを乗せて帰るつもりだったが、ステファン大尉とグラシエラがタクシーで来たことを知った少佐が、弟妹を乗せて送れと言った。

「歩いても1時間かからない距離ですから、私達は徒歩で帰ります。」
「では、2人を送り届けたら、ちょっとその辺を流してみます。」

 恐らくその気になれば、ロホは歩いているテオ達をすぐ見つけられるだろう。テオは言った。

「無理せずにゆっくりしろよ。」

 そしてステファンに目配せした。妹の恋路を邪魔するなよ、と。ステファンが微かに苦笑した。グラシエラは姉とアスルにおやすみのハグとキスをした。テオにもしてくれた。

「アリアナのブーケ、欲しかったわ。」

と彼女が囁いた。それで彼女の恋の真剣度がテオにはわかった。

「焦らなくても、彼は誠実だから安心して交際すると良いよ。」

 ステファン兄妹とロホと別れ、テオはケツァル少佐とアスルと共に結婚披露宴会場を後にした。まだ雨季の名残がある湿った空気が重たい夜だった。テオは正装のジャケットを脱ぎ、腕に抱えた。軽装に着替えた少佐は軽々と歩いているが、アスルは民族衣装のままで、それなのに暑さを感じないが如く平然としていた。暑くないのか、とテオが尋ねると、彼は煩そうにチラリと見ただけで答えなかった。きっと暑いのだ、とテオは思うことにした。
 アスルが少佐に質問した。

「デネロスのオクタカス派遣の期間は何週間ですか?」
「フランス隊の予定では3ヶ月です。彼女はその間、グラダ・シティと遺跡を数往復するでしょう。どうやら、独自の”通路”を発見したようです。」
「そこがブーカ族の得な能力ですね。カルロは2ヶ月戻って来られなかった。」
「あの時は、空間の流れが止まっていましたから、オクタカスへはどこの”入り口”からもアクセス出来ませんでした。」

 テオはこの会話に参加したくなった。

「アスルは今季派遣業務がないのか?」

 アスルが面倒臭そうに答えた。

「グラダ・シティ周辺の日帰りコースばかりだ。」

 つまり、毎晩家に帰って来るのだ。テオは食事に不自由しなくて済みそうだ。少佐が説明した。

「グラダ大学が学生達をいくつかのグループに分けて複数の遺跡を同時発掘する予定です。そこに外国の調査隊達が協力の形で参加します。アスルはマハルダより忙しくなる筈です。」
「アンドレが早く一人前に監視業務に出られるようになると良いんですがね。」

 テオと少佐は笑った。アンドレ・ギャラガは通信制大学に入学したばかりだ。大統領警護隊文化保護担当部の監視業務は、ただ盗掘者を見張るだけではない。出土物の年代や市場価値なども判定して、さらに、それらに呪いがかけられていないか見極める任務があるのだ。ギャラガがグラダ・シティ近郊の遺跡へ派遣させてもらえるのは、早くても半年先だろう。

「ロホはオフィス仕事か?」
「彼はデネロスとアスルの業務のチェック、それにスポット的に発生する呪い騒ぎの収拾です。」
「”ティエラ”のインチキ呪い師が増えているんだ。」

とアスルが少佐の言葉を補足した。

「ただのインチキなら警察が処理する。だが、中には質の悪い中途半端な能力者がいて、客をトランス状態に陥らせて治せない馬鹿がいるんだ。ロホは警察から連絡を受けると、飛んでいって治療する。」
「結構、大変だな。」

 テオは笑った。
 ダラダラ歩いて、マカレオ通りまで近づいた。テオは自宅から自分の車で少佐を西サン・ペドロ通りのコンドミニアムまで送るつもりだった。
 自宅側の角を曲がると、長屋の前に車が駐車していた。アスルが呟いた。

「憲兵隊が、何の用だ?」


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