デネロス少尉がパイの大皿のところにやって来た。食べるのかと思えば、テイクアウトして帰るのだと言った。
「ロペス少佐とアリアナには許可をもらいました。アンドレを連れて官舎に帰ります。」
テオは時計を見た。まだ門限に時間はあるが、平日だ。デネロスとギャラガは次の日の業務に備えて休みたいのだろう。直属の上官であるケツァル少佐は特に許可を与える言葉を言わなかったが、代わりにテイクアウト用の容器にパイをどっさり入れてやった。
ブエナス・ノチェスと言って、デネロスとギャラガは帰って行った。彼女はブーケトスに参加しないんだな、とテオは思った。まだ若いし、遂に念願のジャングルの大きな遺跡を監視する役目を与えられたところだ。恋愛や結婚は彼女の将来のプランにおいては順位が低いのだ。
やがて女性達が騒ぎ出した。ブーケトスが始まるのだ。若い女性客が集まり、中には本当に独身なのか?と疑問に思えるような所帯じみた雰囲気の人もいたし、白髪混じりの人もいたが、アリアナの手にある白い花のブーケを彼女達はじっと狙いを定めて見つめた。
「行かないんですか?」
とステファン大尉が、ケツァル少佐に声をかけた。少佐が「行きません」と答えると、彼は余計なことを言った。
「ブーケを取らないと、また一つ歳を取りますよ。」
ビュッと音を立てて葡萄の粒が飛んで来た。彼はヒョイと避け、葡萄はテオの白いシャツの胸に命中した。紫色の染みがテオの一丁羅に付いた。「少佐!」とテオが抗議の声を上げると同時に女性達の甲高い歓声が上がった。ブーケが投げられたのだ。
悲鳴にも似た女性達の声が賑やかに場内に響いた。そしてめでたくブーケを手に入れた女性が誇らしげに高々と花束を上に差し上げた。
悔しがるグラシエラを連れてロホがテーブルに戻って来た。ステファンが妹を宥めた。
「お前はまず教師の資格を取らなきゃ駄目だろ。今から結婚のことを考えていたら、僻地の学校で教える夢も、失ってしまうぞ。」
「だって・・・」
不満気に唇を尖らせるグラシエラは、子供の表情だった。テオはロホを揶揄った。
「良かったな、まだ当分独身時代を堪能出来るぞ。」
「どう言う意味ですか?」
ロホは惚けて見せたが、頬がやや赤くなっていた。これは脈ありだ、とテオは感じた。そこへアスルが戻って来た。彼は予想外にもてて、女性達がなかなか離してくれなかったのだ。彼以外の少尉が2人共姿を消していたので、彼は散開した女性達の群れを振り返った。
「官舎組は帰ったのか?」
「ブーケトスの前に帰った。 多分、今頃はバス停で2人でパイを食ってるさ。」
テオの返事に、アスルはジロリと彼を見て、ボソッと言った。
「シャツに葡萄の血が付いているぞ。」
「少佐に狙撃されたんだ。標的はカルロだったが、彼が避けたので、俺に命中した。」
「後でクリーニング代を請求してやれ。」
アスルも疲れた様だ。ずっと踊っていたのだから無理もない。
「そろそろお暇しましょうか。」
と少佐が提案した。テオが代表して新郎新婦のところへ帰ることを告げに行った。
「今日はたくさんの愛情をもらったわ。」
とアリアナが涙を浮かべて言った。彼女はテオを抱きしめた。
「有り難う、テオ。貴方が亡命を考えつかなかったら、私はシーロと出会えなかった。」
「良い家庭を築けよ。」
とテオも彼女を抱きしめ返した。
「君とロペスが俺に希望をくれた。俺も頑張るから。」
そして腕を彼女から外し、新郎に新婦を返した。ロペス少佐が彼とケツァル少佐を交互に見た。
「本気なのですか?」
と移民・亡命審査官が尋ねた。
「グラダをモノにした白人は未だ聞いたことがありません。」
「それは、白人が上陸してから今までグラダがいなかったからだろう?」
ロペス少佐は片目を閉じた。
「きっと苦労しますよ、彼女は誰にも支配出来ませんから。」
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