アフリカ系の”ヴェルデ・シエロ”の兄弟、ビダルとビトのバスコ達は一卵性双生児だった。子供時代は仲良しだったが、士官学校時代にビダルだけが大統領警護隊にスカウトされてから、2人は会わなくなった。互いの勤務が忙しく休日が合わないことも理由の一つだったが、ビトには選ばれなかったことに対するわだかまりがあったのだろう。だがビダルは憲兵隊に入ったビトが真面目に勤務していることを知っていたので、彼なりに弟を尊敬していた。
2日前、ビダルが半年ぶりの休暇をもらって実家に帰ると、ビトも帰っていた。両親は兄弟が入隊した後に離婚しており、父親が3年前に病死してから実家は普段空き家だった。家でバッタリ出会った兄弟は、暫し近況報告を互いに話し、昔の仲良しだった頃の雰囲気を取り戻した。
そのうちに、ビトがこんな提案をした。
ーー互いにそっくりのヘアスタイルだし、誰にもバレないと思うから、一度入れ替わってそれぞれの職場に行ってみないか?
ビダルは駄目だと言った。大統領警護隊は双子が入れ替わって誤魔化せる様なところじゃない、と。ビトは、勤務ではなく、ちょっと顔を出して試してみるだけだと言った。
ーー休暇中なんだから、忘れ物を取りにきたと言えば良いんだ。君も憲兵隊に行ってみろよ。
それでもビダルは拒否し、兄弟はそれきり口を利かずに夜を迎えた。
翌朝、つまり昨日の朝だが、ビダルが目覚めるとビトの姿は家の中になかった。遊びに出かけたのだろうとビダルは気にしなかったが、彼が出かけようとすると、クローゼットの中の大統領警護隊の制服がなくなっていることに気がついた。I Dも徽章も拳銃もなかったので、ビダルは青くなった。ビトの携帯に電話をかけたが、呼び出しが鳴るだけでビトは出なかった。
ビダルは取り敢えず私服で大統領警護隊の本部前まで行ってみた。大統領警護隊が顔パスで入れてくれる所でないことは、隊員である彼が一番良く知っている。I Dも徽章もない彼は中に入れなかった。門衛をしている隊員に、自分と同じ顔の男が来なかったかと尋ねると、変な顔をされた。門衛は彼が誰だか知っていたが、彼が双子の片割れであることは知らないのだ。ビダルは門衛の反応を見て、ビトは本部に来なかったのだと知った。
自宅に帰ったが、夜になってもビトは現れず、ビダルは残っていた憲兵の制服を着て、憲兵隊の基地へ行ってみた。憲兵隊基地では出来るだけ他の隊員に接触しないように気をつけた。弟の情報を探ってみたが、弟は普段真面目に勤務しており、普通に休暇を取って休んでいることがわかっただけだった。だから基地内で出会った弟の同僚からは、さっさと帰って彼女と休日を過ごしてこい、と揶揄われたのだ。
そして今朝、ビダルは日が昇る頃に家に帰った。そしてリビングで弟を見つけた。
ビトは死んでいた。着ていた大統領警護隊の制服はボロボロで、鋭い爪で引き裂かれたような傷跡が腕や脚や胴についていた。顔も傷だらけだった。血まみれで、息絶えていた。
ビダルは茫然自失の状態で弟の遺体を前にして座り込んだ。何が起きたのか、理解出来なかった。
我に帰ったのは、外で世間が1日の活動を始める音が始まったからだ。
ビダルはまず、弟の傷の状態を調べた。どう見ても爪と牙でつけられたものだった。床の血の跡を辿ると、バスルームから続いていた。ビダルはバスルームを覗き、そこに小さな閉じかけた”出口”を発見した。ビトはどこかで襲われ、”通路”を使って必死の思いで自宅に”出口”を作って逃げて来たのだ、とビダルは解釈した。ボロボロの制服のポケットを探ると、徽章は無事だったが、I Dカードと携帯電話、拳銃を持っていなかった。財布もなかった。
「牙と爪で殺されたのか?」
とアスルが顔を顰めた。それだけ聞くと、”ヴェルデ・シエロ”に殺されたとしか思えない。それもナワルを使って変身した姿の”ヴェルデ・シエロ”だ。
テオも尋ねた。
「遺体はどうした?」
ビダルが低い声で答えた。
「母が・・・母は医者なんです。母の診療所にビトを連れて行きました。母が守ってくれています。」
母親は無惨な息子の遺体を見て、酷い衝撃を受けた筈だ。それでも気丈に遺体を保存して守っているのだろう。
ケツァル少佐が尋ねた。
「I D紛失を本部に届けていませんね?」
「していません。身内の犯行とは言え、寝ている間に奪われたのは恥ですから・・・。」
ビダルは泣き声に近いボソボソとした声で答えた。少佐が言った。
「届け出なければ隊律違反になります。私が副司令官に電話します。貴方自身で申告しますか?」
ビダルが少佐を見上げた。そして頷いた。
「私が自分で申告します。」
少佐も頷き、電話を出した。テオとアスルは黙ってダイニングの椅子に座って、彼女が副司令官と話すのを聞いていた。少佐はビダル・バスコ少尉が休暇中に肉親の不幸に見舞われたと告げ、それからビダル本人に代わった。
ビダルは最初に双子の弟ビトが憲兵隊に所属していたことを告げ、それからその弟が奇妙な制服交換を持ちかけて来たこと、彼はそれを断ったこと、しかし睡眠中にビトが無断で彼の制服と装備品一式を身につけて外出してしまい、丸一日音信不通になっていたこと、夜になってビダルは弟の憲兵隊の制服を着て基地へ行ってみたこと、弟を見つけられずに帰宅すると家の中でビトが亡くなっているのを発見したこと、をきちんと順序立てて語った。淀みなく喋っていたが、弟の遺体を発見した段になると、流石に感情が昂って、喉がつっかえたようになり、声が乱れた。そして彼は一番重要な事実を告げた。
「弟の遺体には、彼が無断で持ち出した私のI Dカード、携帯電話、そして拳銃がありませんでした。」
一気に語った彼の顔は、生気がなかった。電話の向こうで副司令が何か言った。ビダルは答えた。
「徽章は残っていました。私以外の人間は触れませんから、パスケースの中にそのままありました。」
副司令官が何か言い、ビダルは「はい」と答えて、電話をケツァル少佐に返した。少佐は上官の言葉を聞き、「承知しました」と答えて電話を切った。そしてビダルに尋ねた。
「母御は独り住まいですか?」
「ノ、恋人と一緒に住んでいます。彼氏は”ティエラ”です。」
テオは思わず割り込んだ。
「君のお母さんは”ティエラ”かい?」
「ノ。」
とビダルは即答した。
「両親共に”シエロ”です。母は正体を隠して同棲しているのです。彼氏は私達兄弟のことを知っていますが、私達が何者かは知りません。」
少佐がテオに言った。
「バスコ少尉の母御の診療所に行きましょう。無惨な息子の遺体をいつまでもそのままにしておいては、母御が気の毒です。早く綺麗にして弔ってあげましょう。」
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