2021/12/25

第4部 牙の祭り     9

  日が昇る前に目が覚めた。ケツァル少佐は既に目を覚ましており、分析器を眺めていた。

「まだ終わらないよ。同一人物だと同定するのに4日はかかるんだ。」

 そう言うと、彼女はちょっと恨めしげにテオを見た。

「それを早く言って下さい。待つ間に他の調査が出来た筈です。」
「寝ることも大事だろう。警備に見つかる前に、一旦ここを出て、どちらかの家に帰ろう。」

 2人は大急ぎで学舎を出て、車に乗り込んだ。大学を出て、西サン・ペドロ通りの少佐のコンドミニアムに向かった。アリアナとロペス少佐の結婚披露宴はもう終了しただろうか。新婚夫婦はロペスの仕事と関係なくコスタリカにハネムーンへ行くと言っていた。羨ましい限りだ。テオは少佐と出かける時、必ず事件が絡んでくる。一度でも良いから2人だけで暢んびり休日を過ごしたい。
 少佐の家でシャワーを浴び、服も洗濯して乾燥してもらった。少佐はテオがバスルームを使っている間に朝食の準備をして、彼が食べている間にバスルームに入った。
 この日のケツァル少佐は軍隊モードに入っており、入浴も普段より短い時間で済ませた。だからテオがまだ皿を空にする前にバスローブ姿で現れた。

「今日は大学へ行ってもらえますか?」
「分析器のお守りはしなくても良いと思うが・・・」
「ケサダ教授に会って頂きたいのです。」

 ああ、とテオは彼女の考えを理解した。ケサダ教授は”砂の民”と考えられている。親切で穏やかな教授が憲兵の”ヴェルデ・シエロ”を襲ったとは考えにくいが、接触しやすい”砂の民”は他にいない。勿論、教授が”砂の民”だと言う前提の話だ。

「わかった。まじめに授業をして、教授に近づいてみる。君はどうする?」
「憲兵隊基地へ行ってみます。」
「それだが・・・」

 テオは昨夜のビダル・バスコ少尉の話の中で、ビダルが弟の制服を着て憲兵隊基地へ行った時にビトの彼女の存在を匂わせる話を聞いていたことを思い出した、と告げた。少佐は考え、彼女もそれを思い出した。

「その女性が誰なのか、聞き出してみましょう。ビトと親しかった憲兵を探してみます。」

 彼女が自室に入って、暫くすると普段着に着替えて出て来た。テオは食器をキッチンへ運んだ。

「俺は一度家に帰って仕事道具を取ってくる。もしかするとアスルの出勤に間に合うかも知れないな。部下達に伝言はあるかい?」

 すると少佐は事件捜査とは全く関係ないことを言った。

「アンドレに、2日前のミーヤ遺跡の申請書を早く審査しなさいと言っておいて下さい。」
「ミーヤ遺跡って、雨季前に日本人が発掘していた所だな?」
「スィ。また日本人が戻って来ます。今回フランス隊が入国禁止を食らっているので、アンティオワカ遺跡が空いています。日本人は大きいアンティオワカも掘りたいのですが、フランス隊との引き継ぎが難航しており、今季はミーヤで我慢するようです。」
「誰が監視するんだ?」
「ミーヤは小さいですし、日本人はお行儀が良いので、陸軍警備隊だけの予定です。」
「アスルはスルメをもらえなくてがっかりだな。」

 少佐が苦笑した。

「彼の目的はスルメではなく、消しゴムです。」
「はぁ?」
「日本では、可愛いデザインの消しゴムがたくさん売られているそうです。」
「アスルの趣味は消しゴムなのか?」

 無愛想なアスルが可愛い消しゴムを集めて悦に行っている姿を、どうしても想像出来ないテオだった。



 

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