2021/12/25

第4部 牙の祭り     8

  ボロボロになった大統領警護隊の制服を受け取り、テオとケツァル少佐は診療所を後にした。ビダルには、弟の葬儀が終わる迄母親のそばについているよう、少佐が命じた。ビダルは弟を殺害した犯人を探したいと言ったが、少佐は絶対的な一言で彼を従わせた。

「トーコ副司令官の命令です。」

 ビダルは敬礼し、承ったことを示した。少佐は彼に彼女の電話番号を教えた。

「新しい電話を入手したら連絡しなさい。貴方が捜査に加わる時は、こちらから連絡します。」

 これにもビダルは敬礼で応えた。テオが少佐に囁いた。

「身内は捜査に参加出来ないだろ?」
「彼はI Dと拳銃を取り戻す義務があります。」

 少佐は彼にグラダ大学へ行きましょうと言った。
 真夜中に大学へ行くのは初めてだ。しかし少佐は全く気にしないで通用門を開き、学舎裏まで車を乗り入れた。夜間警備の人間がいる筈だが、それも気にしないで、自然科学学舎に入った。テオは事務局で鍵を受け取らなければ、といつもの習慣で思い、それから少佐がいれば鍵は不要だと思い直した。
 
「照明を点けると、ここに人がいることがバレます。」

と少佐が言った。

「ですから、作業は私がします。貴方は指示してください。」

 それでもテオは携帯のライトで棚や机の引き出しを探り、必要なものを出した。
 ビト・バスコを襲ったジャガーの遺物は制服に多く付着していた。体毛だ。毛を見て、少佐が少し緊張した。

「ジャガーではありませんね。これはピューマです。」
「え?」

 テオも一気に緊張した。

「”砂の民”か?」
「恐らく・・・。」

 少佐は彼にビトを襲ったピューマが1人である証拠を掴めるか?と尋ねた。テオは牙や爪の跡周辺の犯人の唾液などのD N Aと体毛を比較すると答えた。ビトの爪の間にあった物は犯人の皮膚片と思われた。
 分析器が2台しかないので、爪の間にあった皮膚片と、牙の跡の周辺に付着していた唾液らしきものを最初に分析にかけた。時間がかかるので、その間2人は部屋の隅で休むことにした。冷房をかけていない室内は蒸し暑かった。だが窓を開くと警備に怪しまれる。テオは”ヴェルデ・シエロ”が感情を昂らせたり、何か強い力を使用する時に気温が下がる様な感覚を覚える。しかし、ここで少佐に気温を下げてくれとは言えなかった。
 いつでも何処でも休める訓練を受けている軍人は直ぐに眠ってしまった。テオは彼女の寝息を聞きながら、窓越しに星空を見上げていた。
 ビト・バスコが”砂の民”に襲われたとしたら、どんな理由があったのか? そもそもビトが大統領警護隊の制服を着て夜中に出かけた理由は何だったのか? ナワルでビトを襲った”砂の民”が、わざわざ刃物で彼を刺すだろうか? ビトの傷の多くは防御創と思われる。
 ビト・バスコの最後の行動を調べなければ。テオはビダルから聞いた話を頭の中で何度も繰り返してみた。

ーー互いにそっくりのヘアスタイルだし、誰にもバレないと思うから、一度入れ替わってそれぞれの職場に行ってみないか?
ーービトは本部に来なかった
ーー弟は普段真面目に勤務しており、普通に休暇を取って休んでいることがわかっただけだった。だから基地内で出会った弟の同僚からは、さっさと帰って彼女と休日を過ごしてこい、と揶揄われた

 テオは引っかかりを覚えた。

ーーさっさと帰って彼女と休日を過ごして

 ビトには彼女がいたのか? しかしビダルはその彼女を知らないのだ。だから女性を探してもいないし、まだ気にかけてもいない。
 憲兵隊のビトの同僚から女性の話を聞くべきだ、とテオは感じた。
 

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