2021/12/27

第4部 牙の祭り     16

  ケツァル少佐がこれからヤクザのぺぺ・ミレレスを探しに行くと言うので、テオは思わず「俺も行く」と言ってしまった。少佐が横目で彼を見た。彼は慌てて言った。

「足手まといにはならないから。」

 少佐は溜め息をつき、寝室に行って拳銃を1丁持って来た。彼女自身は常に装備しているから、これは予備の拳銃だ。銃弾の装填を確認して、安全装置を掛け、彼に渡した。車のキーも渡して、ベンツの運転手を彼に無言で命じた。
 外に出て車に乗り込んでから、テオは重大な忘れ物を思い出した。

「ああ、しまった!」
「どうしました?」
「今日は金曜日だ。俺はエル・ティティに帰るつもりだった。」

 少佐が言った。

「電話しなさい。」
「はい。」

 どうせバスの時間には間に合わない。テオはゴンザレス署長の電話に掛けた。大統領警護隊と一緒に緊急の仕事に協力しなければならない、と言うと、署長は「仕方がない」と理解する言葉を言った。だが、

ーーもしかして、お前、今から女房の尻に敷かれているんじゃないだろうな?
「はぁ?」
ーーラ・パハロ・ヴェルデの少佐だよ。付き合ってるんだろ?

 静かなので、少佐に筒抜けに聞こえる。テオは恐る恐る少佐の横顔を伺って見た。少佐は微かに口元に微笑を浮かべていた。「女房」とか「付き合っている」とか言われても腹は立たないようだ。

「まだ正式に交際を申し込んでいないんだ。」
ーーさっさと申込め! あんな良い女、他にはいないぞ。お前を本当に大事にしてくれてるじゃないか。

 テオは返答に困って、強引に電話を終えることにした。

「その話はまた後日。兎に角、今週は帰れなくてごめん。」

 電話を切って、少佐を振り返ると、少佐は前を向いたまま、考え事をしている目だった。テオはなんと言って良いのかわからず、一言、ごめんよ、と言った。

「何を謝っているのです?」
「親父が勝手に俺達のことを誤解して・・・」
「貴方は望んでいるのではないのですか?」
「う・・・」

 否定出来ない。でも肯定する勇気が出ない。彼女が彼の拳銃で膨らんでいるポケットを見た。

「嫌いなら、そんな武器を預けたりしません。」

 テオはその言葉にやっと応えた。

「グラシャス。俺も君を守らなきゃな。」

 彼は車のエンジンをかけ、道路に出た。

「何処へ行けば良い?」

 少佐は市街地の古いブロックの名を2、3挙げた。法律スレスレの仕事をしている人々が多く住んでいる、または出没する地区で、夜になると他の地区に住むまともな市民は近づかない。勿論、それらの場所の多くの住民はまともなのだろうけど。”ティエラ”ならベンツで行くような場所ではない。しかし、いつでも強気のケツァル少佐はお構いなしに、その近辺を目的地に選んだ。
 週末の夜だ。街は遅くまで賑やかで明るかった。所謂「無法地帯」も人通りが残っていた。道を通る高級車に無関心なふりをしながら、通り過ぎてしまうと振り返って見ている。
 1軒のバルの前で少佐が停車を命じた。そしてテオに車内に残るよう言いつけ、1人で降りた。店の入り口へ行き、中を覗き込んだ。暫くして彼女は外の壁にもたれかかり、数分後に男が1人出てきた。周囲を見回し、彼女と少し話した。彼女は彼に礼を言ったようだ。男はすぐに店に戻り、少佐も車に戻って来た。

「ぺぺ・ミレレスの所属するグループがわかりました。」

と彼女が報告したのは3軒目のバル訪問の後だった。ペロ・ロホ(赤い犬)と言う不良少年グループがそのまま年を取ったようなギャング団だと言う。テオはアンパロと言う女性が厄介な男と交際し、その彼女にゾッコンになったビト・バスコ曹長がトラブルに巻き込まれたのだと言う考えに至った。
 バスコ兄弟が”ティエラ”なら、大統領警護隊はこの段階で必要な情報を憲兵隊にそれとなく伝えて手を引くのだろう。しかし、兄弟は”ヴェルデ・シエロ”で、奪われたのは大統領警護隊のI Dカードと政府支給の拳銃だ。ケツァル少佐はビト・バスコの命を奪った人間を突き止め、奪われた物を取り返す使命を副司令官から与えられている。本来は遊撃班がこの類の任務に就くのだが、事件の当事者の1人であるビダル・バスコが頼ったのがケツァル少佐だったから、副司令官は彼女に託したのだ。少佐はこの勅命を受けたのが彼女だけなので、部下を巻き込まない。事件が解決する迄文化保護担当部はロホが指揮官となる。

 グラシエラ、当分デートはお預けだぞ

とテオは心の中で呟いた。


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