2021/12/26

第4部 牙の祭り     15 

  ケツァル少佐は最初にビト・バスコが勤務していた憲兵隊グラダ・シティ本部ではなく、南基地へ行き、顔見知りになったムンギア中尉を呼び出した。そしてアフリカ系の憲兵を知っているかと尋ねてみた。ムンギア中尉は、直接の知り合いではないが、と前置きして、本部にバスコ曹長と言う若い憲兵がいると答えた。評判を訊いてみると、真面目な男だと聞いていると中尉は言った。真面目だが陽気で仲間に好かれているのではないか、と言うのがムンギア中尉の感想だった。これと言った悪い噂はないし、本部で人種差別や虐めがあった話も聞かないと言うことだった。ケツァル少佐は礼を言ってから、ムンギア中尉からこの会見の記憶を消した。
 次に本部へ行き、バスコ曹長と同じ班の憲兵を数名見つけ出し、バスコ曹長の評判を訊いてみた。やはりビト・バスコの評判は良かった。純血種が威張っている大統領警護隊と違い、ミックスの隊員が多い”ティエラ”の軍隊では、黒い肌は問題でなかった。ただ、バスコ曹長は”ヴェルデ・シエロ”なので家族の話を同僚にすることが殆どなく、仲が良い人でさえ彼に双子の兄弟がいて、大統領警護隊で勤務していることも、母親が医師をしていることも知らなかった。
 それで少佐がビトには恋人がいるのかと訊いてみると、初めて手応えがあった。

ーービトはレストランで働いている女性にゾッコンだった。
ーー勤務では冷静な男なのに、彼女のことになると情熱的になって、他のことが目に入らなくなった。
ーー女の方はそんなに彼のことを大事に思っていない風だった。どちらかと言えば、我儘を聞いてくれる都合の良い男扱いをしていた。
ーーあの女は質が悪いから止めろと言ったが、ビトは聞き入れず、逆ギレされたことがある。

 少佐は女の名前や居場所を訊いてみたが、アンパロと言う名前で陸軍基地周辺にあるレストランのウェイトレスだとしかわからなかった。店の名前はセルド・アマリージョ。

「セルド・アマリージョ?」

 思わずテオは叫んでしまった。

「グラシエラがバイトしている店じゃないか!」
「スィ。私も驚きました。それで、憲兵達から記憶を消した後で、あの店に行ってみたのですが・・・」
「彼女は無断欠勤していた。」

 少佐が彼を見つめた。

「何故知っているのです?」
「今日、グラシエラと大学の駐車場で会ったんだ。ここへ来る直前だよ。」

 テオはグラシエラから聞かされたウェイトレスの無断欠勤の件を話した。少佐は少し考え、時計を見てから電話を出した。彼女がかけた相手は、異母妹だった。グラシエラは姉からかかってきた電話にちょっと驚いた様子だった。辞めると言ったバイトを続けていることを、兄に知られたのかと心配した。兄から姉に何か言ってきたのかと危惧したのだ。

「カルロは関係ありません。貴女の無断欠勤している同僚のことです。」
ーーアンパロがどうかしたの?
「彼女はまだ来ていませんね?」
ーー来ていないわ。
「彼女の彼氏の名前を知っていますか?」
ーー彼氏? ちょっと待って、ブルノに訊いてみるわ。

 ブルノ?とテオが訊くと、少佐がバーテンダーだと答えた。電話の向こうで言葉の遣り取りが聞こえ、やがてグラシエラが電話口に戻った。

ーー彼女の彼氏の名前はぺぺよ。ぺぺ・ミレレス。

 ケツァル少佐が眉を顰めた。

「その男は憲兵ですか?」
ーーノ。

 グラシエラが電話口で笑った。

ーーうちの店を出禁になったヤクザよ。ブルノがずっと別れろって言い続けているわ。今日の無断欠勤もきっとぺぺと遊び呆けているんだって、ブルノが言ってる。
「憲兵が彼女の元に来ることはなかったのですか?」
ーー来てたかも。私は土曜日しか働いていなかったから。しつこく付き纏う男がいるってアンパロが文句を言ってたことはあったわ。
「わかりました。グラシャス。早く帰りなさいね。」

 少佐が電話を終えて、テオを見た。テオは彼女と同じことを考えていた。ビト・バスコ曹長はアンパロと言う女性に片思いをした。そして彼女のヤクザな彼氏を彼女から追い払おうと考えたのではないか。しかしヤクザに憲兵の威力は伝わらない。それなら大統領警護隊の威を借りよう、とビトは思い付いたのでは?

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