2021/12/27

第4部 牙の祭り     17

  不良グループ、ペロ・ロホの溜り場は古いビルの地下だった。プールバーがあり、テオはケツァル少佐と共にそこへ降りて行った。ドアを開けると広い室内はタバコの煙で霞んでいた。入り口横のデスクにいた男が、新顔の訪問者に警戒心をむき出しにして声をかけようとした。少佐がジロリと見ると、男は大人しく座り直した。室内は音楽がガンガン鳴っていた。
 少佐が「ヘイ!」と声をかけたが、台の周りにいる男達には聞こえていなかった。少佐はテオに「後ろにいて」と言い、パスケースを出し、もう片方の手に拳銃を握って、天井に向かって一発撃った。その場を静かにさせる彼女のいつもの手段だ。きっとこのやり方が好きなのだろう。
 場内が静まり返った。少佐が緑の鳥の徽章が入ったパスケースを前へ突き出して言った。

「大統領警護隊だ。ぺぺ・ミレレスを探している。」

 1分ほど沈黙があった。それから、1人の男が前に出て来た。身なりは良かった。スーツを着ていないが、値が張るジャケットとパンツを身につけていた。靴もピカピカの革靴だ。

「ぺぺは昨日からここに来ていません。彼に何の御用です?」
「彼と彼が交際している女性に聞きたいことがある。」

 男達が顔を見合わせた。居場所を知っているが、教えて良いものか、と言う戸惑いだ。だがセルバ人は相手が何者かわかっている。逆らうと拙い相手だ。代表らしい先刻の男が言った。

「俺達が彼をここへ連れて来ます。」
「何時?」

 相手が答えを躊躇った。するとビリヤード台の上にあった球が突然勝手に転がり出した。飛び跳ねたり、転がったりして、やがて三角形に綺麗に並んだ。
 男達から緊張が漂ってきた。目の前の女は本物の大統領警護隊だ、と悟ったのだ。マジ、やばいじゃん、と言う思いをテオは感じた。
 少佐が時計を見た。そして代表の男に視線を戻した。

「500にここへ連れて来い。もう一度来る。」
「午前5時って意味だ。」

とテオは急いで「通訳」した。ギャングの中には軍人上がりもいるだろうが、一応庶民にわかりやすい言葉に直した方が良い。代表が尋ねた。

「生死問わずですか?」
「生きたままで。」

 少佐は台に視線を向けた。手玉が勝手に三角形に並んだ的球に向かって滑るように転がった。かなりの速度だったので、三角形に集まっていた15個の的球は勢いよく弾かれ、次々と互いにぶつかったり、スカートで跳ね返ったりして、最終的に6つのポケットに全部落ちた。彼女は男達を見回した。

「ぺぺ・ミレレスと彼の女友達を殺さずに連れて来い。これは公務である。」

 彼女が体の向きを変えたので、テオは慌てて道を開けようとした。少佐が目で「先に行け」と合図した。
 ビルから出てベンツに乗り込み、車を出した。角を曲がってビルが見えなくなると、テオは一先ず安堵した。

「あいつら、君が球を動かしただけでビビっていたぞ。」

 ちょっとだけ愉快な気分になった。少佐は反省モードになっていた。

「ちょっと遊んでしまいました。ビリヤードは好きな遊びなので。」
「君とプレイして勝てる人がいるのか?」
「キューを使う時は力を使いません。それにビリヤードは本部で許可されている数少ない娯楽の一つです。屋内競技ですから。」
「それじゃ、俺も何処かで習おうかな。」

 ギャング達は本当にぺぺ・ミレレスとアンパロを連れて来るだろうか。

 

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第11部  紅い水晶     19

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