2021/12/28

第4部 牙の祭り     18

  グラダ・シティ・ホールの広い駐車場の片隅に駐車して仮眠を取った。ここは警察が頻繁にパトロールで回ってくるので犯罪が少ない。とは言うものの車上狙いなどは発生するので、夜間に駐車して休む場合は窓を閉めた方が良い。しかしケツァル少佐はジャングルモードに入っているらしく、窓を全開して寝ていた。羽虫が寄って来ないから、弱い気を放っているのだろう。”ヴェルデ・シエロ”が気を放って休んでいる時は、一般人は近寄り難い気分になるらしく、そばに来ない。少佐の眠りは浅いとテオは判断した。彼女が安心して熟睡出来るのは、やっぱりカルロ・ステファンがそばにいる時だ、とちょっと悔しく思う。その時、彼女が手を伸ばしてきて、彼の手を握った。驚いて振り向くと、彼女はまだ眠ったままだった。だが彼は彼女に声をかけられたような気がした。安心して、信用しているから、と。
 テオも眠りに落ち、次に目が覚めた時もまだ暗かった。少佐に片手を握られているので、空いている手で携帯を出して時間を見た。午前4時半だ。約束は5時だったな。彼は隣に声をかけた。

「少佐、そろそろ行くぞ。」

 彼女が目を開いたので、彼はエンジンをかけた。助手席で彼女が伸びをした。

「お腹空きません?」
「食べてる暇はないだろう。」

 セルバ人でも軍人は時間厳守だ。少佐は自分の携帯の時刻を見て、寝過ごした、とブツブツ呟いた。
 東の空の下の方が明るくなりかけていた。夜中に訪問したプールバーはまだ営業していた。何時もそうなのか、週末だから終夜営業しているのか不明だが、再び階段を降りて行くと、取次の下っ端が2人を見て、すぐに奥へ入って行った。それから代表を連れて来ると、彼等は奥へ来て欲しいと言った。客の面子が変わっていて、騒ぎを大きくしたくないと言うのが彼等の気持ちらしい。それでも先住民の美女と白人男のカップルが堂々と歩いて店奥に入って行くのを男達が好奇心で眺めるのをテオは全身で感じた。
 事務室は、一応経営者の部屋と言う体だった。机の上にパソコンがあるし、店の様子を見る監視カメラのモニターもある。金庫や書類棚もあった。
 代表は椅子を勧めたが、少佐もテオも座らなかった。逆に少佐が相手に座れと言った。

「ぺぺ・ミレレスを見つけたのか?」
「見つけましたが、連れて来れません。」
「何故?」

 代表が眉を八の字に下げた。

「あいつ、警察の死体置き場にいたんで・・・」

 室内の気温が1度ばかり下がった感触だった。少佐が気分を害したのだ。

「何処の警察だ?」
「グラダ市警の東署です。詳細は不明です。そこまで調べる時間がなくて。兎に角、奴は昨日の夕方、東署の管内の公園で死体になってるのを発見されて収容されたんです。俺達がそれを知ったのは、ほんの2時間前で・・・」
「女は?」
「行方不明です。」
「ぺぺはメスティーソか?」
「スィ。先住民だったら、憲兵隊が出しゃばってきますが、警察しか動いていないんで・・・」
「わかった。」

 少佐は素直に退いた。

「手をかけさせて悪かった。」

 体の向きを変えかけると、代表が、「あの・・・」と声をかけた。テオが言った。

「彼女は少佐だ。」
「少佐、もしぺぺの奴を殺ったヤツがわかったら、教えてもらえませんか?」

 テオは思わず言った。

「仕返しを考えているなら、止した方が良い。」
「だが、俺達にも面子がある。」

 少佐が「勝手になさい」と言い、テオに出ようと合図した。

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