2021/12/03

第4部 忘れられた男     4

  憲兵隊のアウマダ大佐とムンギア中尉は年齢も体格も違っていたが、テオにはなんとなく2人が兄弟の様に似ている感じがした。恐らく同じ制服を着て、同じ様な口髭を生やしているからだろう。彼等は私服姿のロペス少佐とケツァル少佐を、本当に大統領警護隊なのかと疑っている様な目だった。
 明るい屋外から小屋に入ると最初は真っ暗に感じる。ロペス少佐は全く気にせずに中に入り、真っ直ぐ中央に置かれたテーブルの前に進んだ。署長が戸口にあった照明のスイッチを押した時、彼は既に救命胴衣を手に取り、国籍の手掛かりを探るかの様に眺めていた。テオはムンギア中尉が上官に「本物ですよ」と囁くのを聞いてしまった。大統領警護隊の夜目が利くことは憲兵隊や軍隊では周知の事実なのだろう。
 ケツァル少佐は床に置かれた膨張式救命筏を調べ始めた。アウマダ大佐が男性少佐を引き受け、ムンギア中尉は女性少佐の相手をすることにしたのだろう、中尉がケツァル少佐に救命筏の構造の説明を始めた。
 テオはテーブルの上に並べられた備品を眺めた。ありふれた非常用装備に見えるが、セルバ共和国で簡単に手に入るとも思えなかった。メルカドに非常用装備を販売している店などないし、グラダ・シティのショッピングモールでも見たことがない。セルバ人は漁師を生業にしている人以外は沖に出て遊んだり作業をしたりしない。漁師だって救命胴衣を着用するようになったのはつい最近のことで、非常食や発煙筒や水の容器など船に装備しない。テオはふと何か足りない様な気がした。
 ケツァル少佐がテオと呼んだ。彼がそばに行くと、彼女が尋ねた。

「海軍には詳しいですか?」
「ノ。俺が育ったのは陸軍基地だから。」
「セルバ共和国には沿岸警備隊がありますが、海軍はありません。」

と彼女は言った。軍艦を持つ余裕が国にないのだ。空軍だって中古の戦闘機と輸送機、ヘリコプターしか持っていない。救命筏はセルバ人が所有するには高度な技術が使われていた。テオは彼女が指差した装置を見た。

「ええっと、それは?」
「SARTです。」

 ロペス少佐とアウマダ大佐が振り返った。ムンギア中尉も興味津々で彼女が指し示した赤いロケット状の装置を見た。ケツァル少佐は男達がそれ以外の反応を示さなかったので、説明した。

「捜索救助用レーダートランスポンダです。捜索救難を行う機関から発せられたレーダー波、質問波と言いますが、それを受信した際、SARTから応答波送信を行うことで捜索機関のレーダー画面上に救命筏の位置表示が行われます。この装置を装備している救命筏を搭載しているセルバの船はないと思います。」
「よくご存知で・・・」

 ムンギア中尉が感心すると、彼女は肩をすくめた。

「3年前に海底遺跡を調査するイギリス船に乗った時に教えてもらいました。」
「セルバに海底遺跡があるのかい?」

 テオはちょっと好奇心が湧いて尋ねた。ケツァル少佐は己の専門分野ではあったが、この場で必要な話題ではないと思ったので、「スィ」と短く答えて遺跡の話を終わらせた。
 アウマダ大佐が彼女に尋ねた。

「どこの製品かわかりますか?」
「恐らく・・・」

 ケツァル少佐は装置をじっくり眺めた。

「日本でしょう。」
「と言うことは・・・?」
「どこの国でも取引があれば購入出来ます。軍事的な物ではなく、遭難した時の救難信号用装置ですから。」
「でもセルバの船ではない?」
「セルバの企業が所有していても船籍を外国に置いていれば、セルバの船ではないですね。」

と言ったのはアウマダ大佐だ。ケツァル少佐が肯定した。彼女の養父の会社も船籍を税金対策でパナマに置いている。ムンギア中尉が調査してきた内容を報告した。

「ハリケーンでセルバの企業が関係した船が被害を受けたと言う報告は上がっていません。また、北米やメキシコ、あるいは南のベネズエラやブラジルからもそんな報告はきていないと外務省が言っています。」
「では、遭難したのは当局に船の運航を届け出ていないところ、と言うことになります。」

 ロペス少佐が警察署長に顔を向けたので、それまで黙って大統領警護隊と憲兵隊の会話を聞いていた警察署長がハッと姿勢を正した。楽に、と言って、ロペス少佐は頼み事をした。

「生存者に面会する前に、この沖の潮流がわかる海図とかあれば見せていただきたい。」




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