2021/12/02

第4部 忘れられた男     3

 ロカ・ブランカの警察署はエル・ティティ警察署より小さかった。署長と巡査が3名いて、署員の人数ではエル・ティティより1人少ないだけだが、建物は小さくて、事務所の奥にいきなり拘置所があった。テオ達が訪問した時、拘置所の鉄格子の向こうには子豚が一頭入っているだけだった。テオは思わず巡査の1人に質問してしまった。

「あの豚は何をやらかしたんだ?」

 巡査がチラリと檻に視線を向けた。

「3軒向こうの家の庭で無断飲食をしたのさ。」

 どこかの豚が逃げ出して他人の庭の草花を食べたのだろう。警察は豚を捕まえて飼い主が引き取りに現れるのを待っているのだ。エル・ティティではこのような場合、引き取り手が現れないと、豚は次の日曜日、日曜礼拝の後競売に掛けられる。落札されると、そのお金は教会に寄付されるのだ。ロカ・ブランカの警察がどんな方法で解決するのか、テオは訊かないことにした。 
 2頭のジャガーは・・・元い、2人の少佐は子豚を焼きたてのローストポークを見るような目で眺めていたが、憲兵隊の車が前庭に到着すると姿勢を正して座り直した。2人共、昨夜は仕舞っていた緑色の鳥の徽章を胸に付けていた。
 憲兵が2人入って来た。どちらも平均的なセルバ人、メスティーソの男性だった。ロカ・ブランカの警察官達が整列して迎え、大統領警護隊の隊員も立ち上がった。憲兵は警察官達を無視して真っ直ぐ大統領警護隊の前まで歩き、立ち止まると靴の踵をカチッと鳴らして直立姿勢を取り、敬礼した。2人の少佐も敬礼で応じた。年長の憲兵が名乗った。

「グラダ・シティ南基地のアウマダ大佐とムンギア中尉です。」

 憲兵隊の大佐は警察官から見れば高い地位だが、大統領警護隊から見ると少尉と同格だ。ロペス少佐が名乗った。

「大統領警護隊外務省移民・亡命審査官ロペス少佐と・・・」

 彼はテオを目で指した。

「グラダ大学生物学部のアルスト博士だ。我が国の遺伝子分析の権威だ。」

 テオは思わずロペス少佐の顔を見た。「権威」などと大仰な呼び方をされたのは初めてだ。ロペスは民間人のテオが憲兵隊相手に活動しやすいように気を配ってくれたのだ。
 ケツァル少佐の紹介がなかったのは、文化保護担当部の任務でないからだったが、憲兵の大佐が彼女を不審げに見たので、ロペス少佐は仕方なく紹介した。

「大統領警護隊文化保護担当部指揮官ミゲール少佐だ。漂流者の荷物を検分してもらうために来てもらった。」

 ケツァル少佐も彼を横目で見たので、テオは彼女がただのアッシーのつもりで来ていたのだと悟った。
 大統領警護隊が決して他人と握手しないと知っている憲兵達は、警察署長の机の後ろにあるドアを手で指した。

「まずは、漂着した救命筏、救命筏の中にあった物、それから村人達が浜辺で拾い集めた漂着物を見ていただきましょう。」

 署長が素早くドアに歩み寄り、鍵を開けて開いた。テオはドアの向こうは小部屋でもあるのかと思っていたが、外れた。ドアの向こうは、裏庭だった。そして道具小屋のような小さな家屋が一軒建っていた。


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