2021/12/20

第4部 悩み多き神々     17

 撤収作業が行われた。大統領警護隊は薬莢も銃弾も残らず回収した。文化保護担当部も遊撃班も同じ作業だ。テオは民間人なのでしなくて良いと言われたが、アンドレ・ギャラガと一緒に作業した。

「”ヴェルデ・シエロ”は怪我の治りが早いのに、指揮官は部下の治療を行うのか?」
「ああ、あれは・・・」

 ギャラガは鉄板にめり込んだ銃弾を引き抜こうとペンチで引っ張った。

「気の爆裂での負傷は自力で治すのが難しいからです。」
「と言うと?」
「普通の怪我は筋肉が裂けたり、腱が切れたり、骨が折れたりするものです。そう言うのは自力で治せるんです。ちょこっと医療処置を施せば、”ティエラ”の数倍のスピードで治せます。」
「うん、知ってる。」
「気の爆裂での負傷は、細胞自体がぐちゃぐちゃに壊れてしまうので、自力で治そうとすれば時間がかかります。これは医療処置が困難でもあります。我々はこれを『呪いが残る』と表現します。『呪いが残る』のは爆裂を食らった時だけではありません。例えば、”操心”に掛けられた人の手でナイフで刺されたり銃で撃たれた時も、微力ですが物体から相手の気が伝わるので、傷つけられた人は肉体の傷が治ってもその後長期間苦痛を味わいます。ですから、気の放出を使う演習を行う場合は、必ず『祓い』が出来る上級士官が立ち合います。今日の場合は、遊撃班のセプルベダ少佐と文化保護担当部のケツァル少佐、それにロホ先輩です。」
「カルロはまだ出来なかった?」
「恐らくセプルベダ少佐から理論上は教わっておられた筈ですが、実践出来る機会がなかったのです。訓練で気の爆裂による負傷をしたい人なんていませんから。それで、先刻大尉自身の気の爆裂で負傷した少尉達を、2人の少佐とロホ先輩の監視の下で大尉が『祓い』で治療したのです。」
「それじゃ、ロホがそばに立っていたのは、カルロが失敗した場合の助っ人か?」
「スィ。下手に『祓い』をすると軽微な負傷でも部下を死なせてしまいますから、施術を行う上官は緊張の極地です。」

 テオは目で友人達を探した。すると、見覚えのある顔が遊撃班の中にいた。

「君は、ファビオ・キロス中尉じゃないか? オルガ・グランデの廃坑で出会ったことがある。」

 声を掛けられてキロス中尉が振り向いた。いかにも大統領警護隊のエリートらしく、彼は敬礼で挨拶の代わりにすると、無駄話をせずに作業に戻ってしまった。テオは苦笑した。

「出会ったのは2年近く前だしな、民間人から慣れ慣れしくされても困るだろうさ。」
「その境目が難しくて・・・」

とギャラガがボソッと言った。

「学校でどこまで学生達と付き合えば良いのかわかりません。」

 テオは彼を見て、大学の先生らしく優しく励ました。

「君自身の心に素直になって付き合えば良いのさ。学生達は勉強でライバルになることもあるだろうが、敵じゃないからな。気が合えば仲良く付き合えば良いさ。」
「グラシャス、准教授。」

2人の少佐は車の影に座って部下が集めてくる銃弾や薬莢の数をチェックしていた。1発でも取り残すと、後で面倒なことになるかも知れないので、慎重だ。もしこの廃工場で後に犯罪でも起きて、その時に演習の銃弾が残っていて発見されたら、警察の犯罪捜査に支障を来たす。ケツァル少佐は時計を見た。

「セプルベダ、そろそろ本部へ帰る時間ではないのですか?」
「後1発、数が合わない。」
「こちらもあと2発です。私達で探しますから、撤収してください。」

 こんな場合、素直に相手の厚意を受け取るべきだ。セプルベダ少佐は、グラシャスと言い、部下に声を掛けた。

「集合!」

 遊撃班が一斉に彼の前に集まり、整列した。ステファン大尉が進言した。

「少佐、まだ1発銃弾が行方不明です。」
「文化保護担当部が捜索を引き受けてくれる。」
「もしよろしければ、私が銃弾を呼びます。」

 え?とテオは思ったが、ケツァル少佐以外の”ヴェルデ・シエロ”達も、え? と言う顔をした。しかし、ケツァル少佐が言った。

「お止めなさい。行方不明の弾丸は合計3発です。3方向から飛んできますよ。」
「大丈夫、出来ますって!」

 ステファンが弟の顔で言ったので、セプルベダ少佐が、ステファン!と怒鳴った。

「上官に口答えするな。」
「申し訳ありません!」

 ステファンがビシッと全身を強張らせて姿勢を正した。しかしその直後、その場にいた一同はもう少しで吹き出しそうになった。ケツァル少佐が弟にあっかんべーをしたのだ。そして彼女が喉を鳴らした。

 クッ

 テオも含めて全員がその場に伏せた。ケツァル少佐だけが空中にジャンプして、体を回転させながら腕を振り回した。地面に降り立った彼女は言った。

「直れ!」

 ”ヴェルデ・シエロ”達が立ち上がった。テオも慌てて立ち上がった。
 ケツァル少佐がセプルベダ少佐に握った手を開いて差し出した。

「お好きなものをどうぞ。」

 セプルベダ少佐が苦笑した。

「それは使ってはならぬ技だぞ、ミゲール。」
「上層部には黙っていて下さい。部下達は疲れています。今日はこれで本当に撤収しましょう。」

 遊撃班の隊員達は指揮官の合図で素早くジープに乗り込んだ。指揮官車がクラクションを鳴らすと、彼等は一斉に走り去って行った。
 敬礼で見送った文化保護担当部は、ホッと肩の力を抜いた。デネロスがケツァル少佐に尋ねた。

「カルロもさっきの技を使えるのでしょう? どうしてやらせてあげなかったのですか?」

 少佐が顔を顰めた。

「彼は、自分が気を放出する際に仲間を巻き込まぬよう結界を張るタイミングを、まだ完全にものにしていません。さっきも3人怪我をさせたでしょう? そんな人が複数の方向から銃弾を呼んだりしたら、誰かが大怪我をします。」

 彼女はデネロスを見た。

「貴女は結界を張るタイミングが上手になりました。オクタカス監視を安心して任せられます。」
「グラシャス。」

 デネロスは心から嬉しそうな顔をした。ギャラガも格闘の時に相手を妨害する気の出し方を習得したと、褒めてもらえた。
 アスルとロホからも2人の後輩にそれぞれ評価が与えられた。そのアスルは、頬をちょっと切っていた。少佐に視線を向けられて彼は言い訳した。

「今夜の晩飯をどうするか、考えてしまったので・・・」
「戦闘の最中にですか?」
「気が緩んでいました。」

 ロホがライフルの先で工場を指した。

「罰として1周してこい。」

 


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