仕留めた野豚を焼く匂いが拡散しないように、”ヴェルデ・シエロ”達は慎重に処理した。肉は5人に等分に分配されたが、背が高い長老が己の肉を2つに分けて、ステファンに差し出した。
「若い者はもっと食え。」
ステファンが恐縮しながら受け取るのを、ケツァル少佐が微笑ましく思いながら眺めていると、女性の長老が話しかけてきた。
「貴女も必要ではありませんか?」
「今日は大して力を使っていませんから、分けて頂いた量で十分です。」
そして少佐は相手を見ないように心掛けながら言った。
「無礼を承知で申し上げます。貴女こそ必要でしょう、私達を初めから結界で守って下さっています。」
「そうですか?」
と相手が惚けた。少佐はもっと言いたかったが、それでは相手の正体を見破ったと言うのと同じなので、口を慎んだ。背が高い長老はかなり前から正体が割れていた。カルロ・ステファンを「黒猫」呼ばわりするのは、あの人しかいない。背が低い方は、神殿の外で出会ったことはないが、言葉のアクセントから判断すれば出身部族がわかる。そして、この女性の長老は、彼女にもステファンにとっても、普段から物凄く身近にいる人だ。
女性の長老が仮面の下で笑った気配がした。
「貴女には敵いませんね、ケツァル。」
彼女は肉の塊を掴んで立ち上がった。
「木の上で頂きます。明日は日の出と共にお会いしましょう。」
残りの4人も立ち上がって、彼女を見送った。長老は高齢者とは信じられぬ身のこなしで立木の1本に駆け上がり、葉の茂みの中に姿を消した。
4人は再び小さくなった焚き火の周囲に腰を降ろした。
「出稼ぎに出た男が3人いた。」
と不意に背が高い長老が口を開いた。残りの3人が彼を見た。背が高い長老が続けた。
「オルガ・グランデの金鉱で鉱夫として働いていた。1人はエウリオ・メナク、ここにいるステファンの祖父になる男だ。オルガ・グランデの事件の数年後に亡くなった。エウリオの死去はグラダ・シティに伝えられたから、間違いない。それに、ここにいる孫も証人だ。」
もう1人の長老が顔を向けたので、ステファンは頷いた。
「2人目は、ヘロニモ・クチャ。この男は地下で作業中に落盤事故に遭った。鉱夫仲間を助ける為に気の爆裂で岩を吹き飛ばしたために、”ティエラ”達に正体を知られた。」
ステファンがハッとして語り手の仮面を見た。その話は、北部の寂れた農村で聞いたことがある。背が高い長老は溜め息をついた。
「一族の掟では、消されても仕方がない失態だ。純血種ならば、正体を知られずに岩を吹き飛ばせたであろうが、”出来損ない”だったからな。」
その人はまさか・・・。ステファンが口を挟もうとする気配を感じ取ったケツァル少佐が彼の膝を叩いた。控えよ、と。長老の語りに口を挟むことは無礼な振る舞いだ。
すると背が低い長老が疑問を口にした。
「”出来損ない”と言っても、イェンテ・グラダの連中は、グラダとブーカの混血だろう。純血種と変わりない筈だ。」
「混血だからこそ、だ、友よ。ブーカとサスコシ、ブーカとオクターリャ、あるいはマスケゴ、カイナ、グワマナでも良い、6部族は混血しても能力の制御に難が生じることはない。しかし、グラダの血は異なる。余りにも強すぎるのだ。だから、イェンテ・グラダ村の住民は制御出来ぬ己の能力に苦しみ、麻薬に溺れた。ヘロニモ・クチャは鉱夫仲間を救う為に己が能力を使ったことがわかる仕草をしてしまったのだ。」
背が高い長老は座ったまま、両腕を高く掲げ、大きく振って見せた。
「古の大神官が、民に能力を見せつけた時の仕草だ。ヘロニモは体を動かさなければ力を制御出来なかったのだろう。」
「その人はどうなったのです?」
と堪えきれずにステファンが質問した。長老はすぐには答えなかった。ステファンがもう一度尋ねようとすると、やっと彼は言った。
「儂の知らぬことだ。ただ、触れは出た。ヘロニモ・クチャには手を出してはならぬ、と。鉱夫達を守ったからな。彼は鉱山を去った。その後の行方は誰も知らぬ。」
0 件のコメント:
コメントを投稿