2021/12/17

第4部 悩み多き神々     4

  テオがケツァル少佐のコンドミニアムに到着すると、家政婦のカーラが玄関のドアを開けてくれた。良い匂いが漂ってきて、テオのお腹が鳴った。カーラが可笑そうに笑った。
 リビングのテーブルの周りに集まり、銘々が好きな飲み物をグラスに注いで、アンドレ・ギャラガの合格祝いで乾杯した。この夜は、部下達を送り届ける必要がなかったので、ケツァル少佐も飲んだ。話題はやはり文化保護担当部らしく、遺跡泥棒の対策だった。と言っても、酒の席だから、真面目な会議ではなく、かなりふざけたアイデアを述べたり、盗んだ神像の呪いでボロボロになった泥棒の話とか、どこまでが真剣でどこまでがふざけているのか、何が冗談で何が真実なのか、よくわからない話が取り止めもなく続いた。それでテオはクイのミイラの話をして、それの出土場所がグラダ・シティ南部なのに、クイのDNAは北部の齧歯類の特徴を持っているのだと喋った。

「それはつまり、北部の村と南部の村の間に交易があったと言うことですね。」

とギャラガが一人前の考古学部学生の顔で言った。

「貢物かも知れないでしょ。」

とデネロスが言った。

「北部で南部の産物が出てこなかったら、南北の交易じゃなくて、南が北より強くて貢物を要求したのよ。」
「そうなんだ?」

 ギャラガが先輩デネロスの言葉に感心したので、みんなが大笑いした。

「北で南の産物が出土していないからと言って、それが南北に優劣があった理由にはならないさ。」

 ロホがデネロスの出鱈目な学説を批判した。勿論デネロスは後輩を揶揄ったのだ。テオはアスルがカーラにまとわりつくようにして料理の学習をしているのを見物していた。手伝いもしているから、カーラは煩がらずに彼の相手をしていた。少佐は自分で色々とカクテルを作っては試すという遊びをやっていた。彼女が作るカクテルをデネロスは勝手に取って飲んでいる。かなりの大酒飲みだ。ビール派のロホは時々強い酒が入ったカクテルをデネロスに飲まされそうになって困っていた。
 チャイムが鳴った。少佐が携帯を出して、コンドミニアムの入り口に来た客を見た。そして無言で開扉のボタンを押した。テオがその動作に気が付いたが、彼女が何も言わないので、訪問者が誰なのか訊かなかった。
 数分後、玄関のチャイムが鳴り、カーラが応対に出た。玄関で彼女の嬉しそうな声がして、やがて廊下からカルロ・ステファンが現れた。真っ先に反応したのは、いつもと同じくデネロスだった。パッと席を立って、大尉に飛びついた。子供の様にキスを浴びせる彼女をなんとか宥めて、ステファンは最初に家の主人であるケツァル少佐に挨拶した。そしてパーティーの主役であるギャラガに祝辞を述べた。

「休暇かい?」

とテオが尋ねた。ステファンは残りの仲間にも挨拶をしてから、ノ、と答えた。

「任務です。今夜は文化保護担当部が荒れるかも知れないから、羽目を外さないように見張れと副指令から命じられました。」
「それって、君は飲むなってことか?」

 ステファンが悲しそうに頷いたので、ロホとアスルが笑った。

「なんの罰なんだ、カルロ?」

 ロホがその夜6本目のビールを空けながら笑った。ステファン大尉は肩をすくめた。

「少佐はご存じだ。」

 ケツァル少佐はフンと鼻先で笑って、ソファの自分の隣を掌で軽く叩いた。そこに座れと命令したのだ。ステファンが素直に座ると、彼女は彼にもたれかかった。

「かなり飲んでますね?」

 ステファンはテオをちょっと睨んだ。しっかり見張っていろよ、と目で訴えてきたので、テオはおかしかった。

「俺は彼女の保護者じゃないぜ。」
「でも貴方の言うことを一番よく聞きます。」

 ロホとデネロスがケラケラ笑い、ギャラガは酔っ払った上官達をどう扱って良いものか、困っていた。まだそんなに飲んでいなかったアスルが、最後の料理を並べ終わると、自分の席に着いて猛然と食べ始めた。

「飲めないのなら、たらふく食ってくれ、大尉。」
「そうしたいが、動けない・・・」

 ケツァル少佐が体重をかけてもたれかかっているので、ステファンは困ってしまった。テオは少佐が落ちかけていることに気が付いた。強い筈の彼女だが、自作のカクテルを飲み過ぎて酔いが回ったのだ。

「テオ、お願いします。」

 ロホに頼まれて、テオは「なんで俺が?」と思いつつ、椅子から離れ、ステファンの前に行った。

「こんな無防備な少佐を見るのは初めてだ。」
「全員が揃っているからです。」

とステファンが言った。

「安心しているんですよ。」

 彼はテオが姉を抱き上げるのを手伝った。デネロスが立ち上がった。少佐を抱き上げたテオを寝室へ案内した。後ろでステファンがとんでもない助言をくれた。

「添い寝はOKですが、それ以上進まないで下さい。」


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