テオは文化・教育省には寄らずに真っ直ぐ自宅へ車で帰り、車と仕事用鞄を置き、服も気軽な普段着に替えてから、歩いてケツァル少佐のコンドミニアムへ向かった。時間はかかるが、隊員達は酒類の買い物をしてから集まるので、遅くなることはない。少佐は上客用の高いお酒をストックしているが、普段飲みのお酒はその都度買う主義なので、部下達は自分が飲みたいものを自前で購入して持ち寄る。その方が気兼ねなく飲めるのだ。テオもワインとギャラガにお祝いのプレゼントとして買った万年筆の箱を持っていた。今時万年筆かと思えたが、格式ばった書類に署名する時必要だと少佐が言ったのだ。
歩いていると、後ろから来た車がクラクションを鳴らした。路肩に身を寄せると、車が横に停車した。
「ドクトル・アルスト?」
と窓を開いて運転者が声を掛けてきた。振り返ると、暗がりの中で憲兵の制服を着た男が見えた。声と風貌に見覚えがあった。
「ムンギア中尉!」
「ブエナス・ノチェス。」
ロカ・ブランカの漂流者の事件で知り合った憲兵だ。
「このご近所にお住まいですか、ドクトル?」
「スィ。君もかい?」
「スィ。今週は泊まり込みなので着替えを取りに家に帰って、今は基地への戻りです。」
マカレオ通りは、軍人や省庁関係者の中間職に就いている人が多く住んでいる。その程度の給料で住めるそれなりの住宅地なのだ。
中尉がテオの手に掴まれているワインの瓶を見た。
「お友達の家にお呼ばれですか?」
「スィ。ちょっとした食事会だ。」
「どちらまで?」
「西サン・ペドロ通り1丁目第4筋・・・」
「ひゃあ、一等地じゃないですか!」
「友達がね。」
中尉が助手席を指した。
「登り坂でしょう。よければ送って行きますよ。時間はありますから。」
「グラシャス。」
この手の親切を断る理由はない。ムンギア中尉は気の良い男だ。テオは勧められるまま車に乗った。
走り出してすぐに中尉が尋ねた。
「例のアメリカ人はどうなりました?」
「知らないんだ。」
実際、テオはエルネスト・ゲイルがあれからどうなったのか、教えられていなかった。生きているのか死んだのか、まだセルバにいるのか、国外に出されたのか、全く情報が来なかった。
「外務省のあの少佐とは知り合いだけど、仕事の内容を教えてもらえる程親しくないんだ。」
「そうですか。」
ムンギア中尉はがっかりした様子だった。
「うちの大佐に訊いても、もう終わったことだと言うばかりで、何もわからないんです。軍ではこんな場合、深入りしてはいけないんですけどね。」
「個人的に気になるんだな。」
「スィ。でも、貴方もご存じないのでしたら、私も忘れましょう。」
それがセルバ流だ。
「その方がいいね。大統領警護隊が絡んでいるから、適当に処理して仕舞えば良いさ。」
「アメリカには変なものを流さないで欲しいですね。」
エルネスト・ゲイルは「変なもの」か。 テオは笑ってしまった。
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