テオはケツァル少佐の個室に初めて入った。デネロスが気を利かせて照明を点けてくれた。想像した通り、と言うか、予想以上に、と言うか、若い女性にしては質素な部屋だった。一応寝具がセッティングされているシングルベッド、その横にハンモックがぶら下がり、窓際の机の上にラップトップ、プリンター、キャビネットには書物とDVDが詰め込まれていたが、衣類はクローゼットの中に仕舞われているので他に何もない。壁には絵も時計もない。花も飾っていない。人形もない。本当に寝るためだけの部屋だ、とテオは思った。
ハンモックは高さがあまりなかったので、デネロスに抑えてもらってそこに少佐を転がした。アパートの中では”ヴェルデ・シエロ”達は裸足なので、靴を脱がせる必要はなかった。ベッドの足元にデネロスのリュックが置かれていたので、彼女もこの部屋で寝るのだとわかった。
「まだ起きているのかい?」
「スィ。家政婦さんがタクシーに乗るのを見届けるよう、少佐に言われてます。」
もしかすると少佐以上に飲んでいるかも知れないのに、彼女はまだ素面同然の顔をしていた。テオは携帯を出して時刻を見た。
「後片付けは俺達でやるから、カーラを帰してあげよう。」
「そうですね。最後のお料理も出ましたから。」
少佐の寝室を出ると、丁度カルロ・ステファンがロホに肩を貸して客間へ歩いて来るところだった。ロホはもう半分眠りかけていた。
「おやおや、今日の堕落したインディヘナはロホの番かい?」
ステファンが苦笑した。
「見張らなくても、ここの連中はみんなすぐ寝てしまいますがね。」
テオは2人の為に客間のドアを開けてやった。客間にはベッドが2台あるが、ロホの他に誰が使うのだろう。階級から考えればステファンだが、彼は「見張り」だ。
リビングに戻ると、デネロスが家政婦のカーラに帰り支度をさせていた。料理をいくらか持たせて帰らせるようだ。アスルは食べることに専念して、今夜はまだ飲んでいない。ギャラガが苦手なアスル先輩の相手を1人でしていた。テオが戻ったので、ホッとして、お手洗いに立った。ずっと我慢していたのか、とテオは可哀想に思えたが、笑ってしまった。
ロホを寝かしつけたステファンも戻って来た。カーラが帰る前の挨拶をした。するとアスルが立ち上がった。デネロスに「君は座ってろ」と言って、彼女をアパートのロビー迄送って行く役目を引き受けた。
ステファンが椅子に座り、残った料理を突きながら話しかけてきた。
「アリアナが結婚するそうですね。」
「スィ。いきなり帰って来て、いきなり結婚すると言うから、驚いた。」
「女性達は知っていた様ですが・・・」
ステファンに睨まれて、デネロスがえへへと笑った。ステファンも結局表情をやわらげた。
「実は、ロペス少佐が結婚されることは知っていました。本部でも結構噂になっていたのです。あの通りの、堅物のイケメンですから、どんな女性が彼を落としたのだろうと、隊員達が色々憶測を立てていたんですよ。」
「彼とアリアナの取り合わせが予想外で、たまげたよ。」
「私は2人の結婚式には出られませんが、祝福していると伝えてください。」
「グラシャス。」
これで、アリアナとステファンの関係は綺麗に途切れた。これから彼は、彼女の友人と言うより、友人の弟と言う立場になっていくだろう、とテオは予想した。
ギャラガが戻って来た。彼は酒に強い方だが、昼間の疲れと主役と言う緊張で、酔いが回ってきた様だ。眠たそうな目になっていたので、ステファンが声をかけた。
「客間で寝てこい、アンドレ。後は私が片付ける。」
「しかし・・・」
「そう言う役目の仕事だ、今夜は。」
「では、ブエナス・ノチェス。」
ギャラガは室内の人々に敬礼して、客間へ消えた。ステファンがテオに顔を向けて囁いた。
「酔っ払って、ジャガーに変身されては面倒ですから。」
「ああ、それで見張りが必要なのか。」
テオは笑った。ジャガーより小さいオセロットのデネロスは、まだ飲めそうだ。だがお酒に飽きたのか、彼女も料理をつまみ始めた。
アスルが戻って来た。彼は飲んでいないが、満腹になっていたので、やはり眠たそうな雰囲気だった。テオは彼に確認した。
「客間はロホとアンドレが使っている。君もあっちへ行くかい?」
「アンドレは寝袋だ。あいつはそう言うヤツだから。」
とアスルはぶっきらぼうに言い、付け加えた。
「残りのベッドはあんたが使うんだ。俺はここで良い。」
ステファンが微笑して、目で少尉にソファを示した。
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