朝日が東の森の木々の向こうから顔を出しかけた。ケツァル少佐はハンモックを片付け、木から降りた。一番近い寝床の木から、女性の長老がほぼ同時に降りて来たので、彼女は思わず敬礼した。長老が囁いた。
「止めよ。ステファンに気づかれる。」
少佐は慌てて手を下ろした。そして報告した。
「井戸を埋めた人の見当がつきました。」
長老は仮面越しに彼女を見つめ、やがて小さく頷いた。そして荷物置きに設置した棚から自身の荷物を取った。
「朝食は各自自由に取りなさい。貴女の考えを聞きたい。殿方達を起こしましょう。」
ドンっと下腹に響くような空気の鈍い振動が起きた。周囲の木々から鳥の群れがバッと飛び立った。直後にカルロ・ステファンが、続けて背が高い長老が木の上から飛び降りる様に現れた。
「何事です?」
「朝が来ただけだ、黒猫。」
最後に背の低い長老がぎこちなく降りて来た。登るのは得意でも降りるのは苦手と言う人はどこにでもいるものだ。
「ブエノス・ディアス!」
と女性の長老が挨拶した。そしてケツァル少佐を己の横に招き寄せた。
「ケツァルが井戸跡を埋めた人物の見当がついたそうです。」
男達の視線を集めて、ケツァル少佐は朝の挨拶をしてから、斜めに生えた楡の木の方向を指差した。
「あれは墓所です。」
「墓?」
と思わずステファンが声を出し、急いで口を手で押さえた。背が高い長老に殴られるのではないかと心配したのだ。少佐は彼を無視して続けた。
「昨夜、鉱夫の格好をした方をお見かけしました。彼は私を楡の木まで案内し、地面の下へ消えて行かれました。あの楡の木が生えている場所が、彼の方が眠っていらっしゃる場所だと教えて下さったのです。」
3人の長老とステファンが楡の木の方向を見た。根元が傾いたために少し歪に伸びてしまった楡の木に朝日が差していた。そうか、と背が高い長老が呟いた。
「ヘロニモはそこにいたのか・・・」
今度は彼が一同の注目を集めた。ケツァル少佐が尋ねた。
「被葬者がヘロニモ・クチャであると言う確信がおありなのですね?」
暫く沈黙があった。誰も答えを急かさなかった。背が高い長老は歩き出し、残りの仲間もついて行った。目的地は勿論楡の木が生えた井戸の跡地だった。木の前に立つと、長老は木を見上げ、それから地面に膝を突いた。他の2人の長老もそれに倣ったので、ステファンも慌てて膝を突いた。ケツァル少佐は昨夜拝礼したが、もう一度膝を突き、長老達と共に墓所に敬意を示した。
死者へ捧げる祈りを終えてから、一同は立ち上がった。背が高い長老が仲間に向き直った。
「長老会の中でも嘘は通るものだ。」
と彼は言った。
「これから話すことは、ここにいる人間の間だけの話にしてもらいたい。誓ってもらえるか?」
2人の長老が仮面越しに顔を見合わせた。ステファンは少佐を見たが、彼女は話し手の長老を見つめるだけだった。
やがて2人の長老が声を揃えて言った。
「誓おう。」
3つの仮面がこちらを向いたので、少佐とステファンも言った。
「誓います。」
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