背が高い長老は周囲を見回し、それから再び仲間に向き直った。
「イェンテ・グラダ村から出稼ぎに出た男は3人と儂は言った。それは儂もそう言い聞かされていたからだ。村の殲滅作戦に携わった者は全員それを信じていた。」
どう言うことだ? みんなそう問いたいのだが、礼儀を守って黙って聞いていた。
「エウリオ・メナクが亡くなる前に、儂に手紙を寄越してきた。儂はオルガ・グランデの戦いの間、あの男の家族を、娘のカタリナと孫を戦いに巻き込まれぬよう匿ったので、エウリオの信用を得ていた。だから、エウリオは己の命が終わることを悟った時に、儂にある秘密を打ち明けた。イェンテ・グラダ村から出稼ぎに出たのは、2人の男と1人の女だった。」
「女?!」
思わず背が低い長老が声を上げてしまった。そして彼は慌てて、無礼を詫びた。背が高い長老は仲間の粗相を気がつかないふりをして続けた。
「左様、女だ。マレシュ・ケツァルは女だった。グラダの血が濃い女だ。もし存在がグラダ・シティに知られていたら、ウナガン・ケツァルの様に神殿の地下に連れて行かれただろう。ヘロニモとエウリオはマレシュが男であると我々に信じ込ませたのだ。」
「それで、この楡の木の下に眠っている男性はヘロニモ・クチャだと、貴方は知ったのですね。」
女性の長老が納得した。背が高い長老は頷いた。
「ヘロニモはエウリオより1年早く亡くなった。エウリオとマレシュはヘロニモをある場所に埋葬したが、場所は誰にも教えるつもりはないと手紙に書いていた。そしてヘロニモの死去も誰にも教える必要はないから沈黙して欲しいとも書いていた。」
「マレシュはどうなったのです? それも書いていましたか?」
ステファンが強い好奇心に負けて尋ねた。
背が高い長老は少し躊躇った。長い沈黙が躊躇っていることを物語った。彼はマレシュ・ケツァルのその後を知っているのだ。仲間が焦れかけた時に、やっと彼は口を開いた。
「マレシュはヘロニモを埋葬した後、オルガ・グランデを出て行った。」
その後は? だが彼はそれ以上は語らなかった。知らない、とは言わないから知っているのだ。だが知っていると言えば、その後々のことも語らねばならない。だから沈黙するしかない。
わかりました、と女性の長老が言った。
「ヘロニモが亡くなった1年後にエウリオも亡くなった。その時エウリオには娘も孫もいた。つまり、マレシュもそれなりに歳を取っていたのですね。」
「そうだ。儂はマレシュの正確な年齢を知らぬ。まだ存命であれば、儂らとそう変わらぬ歳であろう。」
朝の太陽はかなり高くなっていた。長老達は野営地を撤収し、グラダ・シティに戻ることにした。樹上のハンモックを片付けるのは、やはり若い者の仕事だ。姉弟が協力して片付けをしている間、長老達は村の跡地に清めの祈りを捧げて歩いていた。
ステファンが首を傾げた。
「私はまだちょっと納得がいきません。」
「何がです?」
ケツァル少佐は、自分が気づいたことを彼も気がついたのだろうか、と思った。ステファンはハンモックを畳みながら、ちょっと目を空中に泳がせて、それから姉を見た。
「祖父と同年代だったヘロニモ・クチャとマレシュ・ケツァルが、祖父が亡くなったのと同時期に生きていたのであれば、彼等にも家族がいたと思うのです。祖父が・・・」
カルロ・ステファンは危うく長老の名前を口に出しそうになって、辛うじて我慢した。
「あの方に私の母と私達兄妹を守ってもらうことを許した様に、ヘロニモとマレシュもシュカワラスキ・マナと一族の戦いに自分達の家族を巻き込まれぬよう手を打った筈です。しかし、あの方はそれには一切触れられなかった。ヘロニモとマレシュはあの戦いを全く傍観していただけなのでしょうか? 鉱夫だったら、地下に潜伏した私達の父とも何らかの接触をした筈です。」
カルロ、と少佐は言った。
「貴方は、父がカタリナの援助だけで2年間地下で生き続けたと本当に信じているのですか?」
ステファンは姉を見つめた。
「ヘロニモとマレシュも父を助けていた、と?」
「イェンテ・グラダで生まれた人々の結束でしょう。でも一族は彼等を見逃してやった。麻薬の狂気から逃れて出稼ぎに出た為に、故郷を失った彼等を、そのまま生き延びさせようとしたに違いありません。男性2人は戦いの後長く生きることはなかった様ですが。」
「鉱山の仕事は過酷ですから。インディヘナはあまりああした仕事には向いていません。それは歴史が物語っています。」
少佐は頷き、空を見上げた。マレシュ・ケツァルは何処に行ってしまったのだろう。1人だったのか、それとも誰か連れがいたのか?
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