2021/12/13

第4部 忘れられるべき者     6

  ”ヴェルデ・シエロ”達が眠ってしまうと、野獣の声が響き始めた。虫の声も聞こえ始めた。勿論毒虫達は彼等のハンモックに近づきはしなかったが、普段通りの密林の夜が戻った。
 ケツァル少佐はハンモックから下の地面を見下ろした。焚き火は埋められて人がそこに居た証拠は数日で草に埋もれてしまうだろう。ロペス少佐はあの漂着したアメリカ人をどう始末したのだろう、と彼女は考えた。長老達がこのイェンテ・グラダ村の遺構を抹消する為に森に来たのは本当のことだが、彼女とカルロ・ステファンを護衛に選んだのには理由があることを彼女は勘づいていた。この森で護衛をするのは、グラダ族でなくても良かったのだ。ブーカ族だって強力な守護者だから、他の遊撃班の隊員に命じても良かった筈だ。
 長老達はロペス少佐の報告を聞いて、カルロ・ステファンが北米で巻き込まれた事件を思い出した。そして漂流者が何者か知ると、憂慮を覚えたのだ。エルネスト・ゲイルはステファンとケツァル少佐の顔を知っている。そしてテオドール・アルストの如く、”操心”で記憶を消すのが困難な脳である可能性が高い。だから今回のジャングル行の護衛をシュカワラスキ・マナの子供だからと言う理由をつけて命じた。ステファンは漂流者の情報を知らないから、綺麗に騙されている。教えてどうと言うこともないだろう。しかし不愉快な記憶を蘇らせる可能性はあった。
 何かが木の下を通った。人の気配? ケツァル少佐はハンモックを揺らさぬよう気をつけて寝床から出た。木を降りて地面に立つと、草の中に男が立っていた。服装は鉱夫だ。

 まじ? 亡者だ!

 少佐は弟を呼びそうになって堪えた。幽霊を見て助けを求めたりなぞしたら、お婆さんになる迄揶揄われる。

 なんでここにテオがいないの?

 黙って手を繋いでくれる遺伝子学者の存在がないことも哀しかった。現代セルバで最強のグラダと言われるケツァル少佐が、無言で立つ男の幽霊を前に立ち尽くしていた。
 幽霊は彼女をチラリと見て、草の中を歩き始めた。

 ついて来いと?

 ケツァル少佐は意を決して歩き始めた。幽霊に悪意はない。悪意があれば悪霊だ。それなら祓える。しかし、目の前を歩く幽霊は無垢の霊だった。
 歩行距離は大して長くなかった。あの傾いた楡の木が生えている井戸跡に来ると、幽霊は彼女をもう一度振り返り、そして楡の木の根元で地面の中に消えた。
 少佐は木の根元に近づき、地面に膝を突いて地表を撫でた。頭の中に閃いた。

 これは、お墓なのだ!

 誰が埋葬されているのだろう。鉱夫の服装をしていた。ヘロニモ・クチャなのか、マレシュ・ケツァルか? 彼女は考えた。どちらかが先に亡くなって、残った人がここに埋葬したに違いない。井戸に遺体を入れて、村の土台になっていた石で埋めて・・・。
 彼女は地面にあらためて座り直すと、右手を胸に当て、深く首を垂れた。
 

 

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