2021/12/26

第4部 牙の祭り     13

  研究室に戻って分析器が出した遺伝子マップを回収した。これから解読していかなければならない。全く同じなのか違いがあるのか。若いミックスの”ヴェルデ・シエロ”に何が起きたのだろう。
 先に翌週の仕事の準備をしてから、マップ解析にかかろうとすると、ケツァル少佐から電話がかかってきた。

「今、マップ解析に取り掛かろうとした所だ。」

と告げると、彼女は

ーーこちらは少しだけビト・バスコの最後の行動を掴みかけた所です。

と言った。

ーー今夜はうちへ来ていただけませんか。夕食はカーラに用意させます。
「いいね。ワインは要るかい?」
ーー今夜は結構です。気を遣わずに、職場から真っ直ぐ来て下さい。
「わかった。それじゃ、6時半頃になるかな。」
ーー私もその時間に間に合わせます。

 ケサダ教授との会見内容は向こうで告げた方が安全だろうと思えた。電話を終えると、テオはふと思いついて、滅多にかけないカルロ・ステファンの電話にかけてみた。少佐以外の大統領警護隊が、つまり遊撃班が今回の事件の捜査に乗り出していないか聞こうと思った。しかしステファンは既に本部に戻ってしまったらしく、電話は「掛け直せ」と機械の声が応答しただけだった。
 マップをじっと見ていき、目が疲れた頃に終業時間になったので、彼は室内を片付け、ドアを施錠して大学を出た。
 駐車場の車のそばまで来た時、「テオ先生」と声を掛けられた。振り返ると、車の反対側にグラシエラ・ステファンが立っていた。テオは「ヤァ」と微笑み掛けた。

「昨日はアリアナの式に来てくれて有難う。」
「私もお礼を言います。とても良い式でした。」

 彼女はちょっと頬を赤らめた。ロホとの交際を兄に認められたのだろうか。だが、そんなことを言いにわざわざここで待っていたのか?
 すると、彼女が遠慮がちに話を切り出した。

「ちょっとご相談があります。」

 やっぱり。テオは心の中で苦笑した。俺は頼まれ屋か?

「何かな?」
「昨日、ロホに兄と共に家まで送ってもらったんです。」
「うん、知ってる。あの場にいたからね。」
「家に帰ってから、兄に彼との交際を認めて欲しいと言いました。」
「ロホはそこにいたのか?」
「彼が帰った後です。それで、兄が、私がセルド・アマリージョでのバイトを辞めたら認めて良いと言ったんです。」
「カルロは君がそこで働いていることを知ってたのか?」
「昨日のパーティーの客の中に、セルド・アマリージョの常連がいたんです。それで、バイトがバレました。」

 しかし、グラシエラの問題は、兄にバイトがバレたことではなかった。

「今日、私はお店に電話して、バイトを辞めたいと告げたんです。そしたら、支配人が、もう1人女性の従業員がいるんですけど、彼女が昨日無断欠勤して店が大変だったって言いました。もし今日も彼女が来なかったら、手伝いに来て欲しい、新しい人を雇う迄で良いから来てくれないかって。」
「それは困った話だな。」
「私は兄との約束があるので、長くても今週末迄しか働けませんって言いました。」
「つまり、今日と明日だけか。」
「スィ。でもあのお店は結構親切にしてくれて、お給金も良かったんです。だから、お店を困らせたくないな、と思うのですけど、無断欠勤した人が来なくなったら、お店は困るでしょ? 友達に紹介しようと思っていますが、もし新しいウェイトレスが見つからなかったら、先生のお知り合いにも声を掛けて頂けますか?」
「ああ、それなら構わないよ。新しい人が見つかったら連絡してくれ。俺も学生達に声を掛けておく。君の代わりも探した方が良いな?」
「スィ。お店は日曜日と月曜日が休みなので、火曜日から土曜日の勤務ですけど、2人いれば曜日を分けても大丈夫です。」
「それじゃ日替わりのウェイトレスでも良い訳だ。」

 2人は笑って、別れた。車に乗り込んで時刻を見ると、少し遅くなっていた。少佐を待たせてしまうが、グラシエラの頼み事を聞いていたのだと言えば、許してもらえるだろう。

 

 

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