2021/12/31

第4部 牙の祭り     28

 「礼儀知らずは怖いもの知らずだな。」

とムリリョ博士は言った。彼は椅子に腰を下ろし、テオとケツァル少佐にも座るよう促した。腰を下ろしてから、テオが説明した。

「俺達が知っているのは、ビト・バスコ憲兵隊曹長が、レストランで働いているアンパロと言う女性に片思いをしたこと、彼女にはペロ・ロホと言うギャング団のメンバー、ぺぺ・ミレレスと言う恋人がいて、ビトを疎ましく思っていたこと、ビトが兄のビダルに大統領警護隊の制服と憲兵隊の制服の交換を持ちかけ拒否されたこと、その夜にビトが勝手に兄の制服とIDその他を持ち出したこと、ビダルが翌日、つまり水曜日ですが、終日ビトを探し回って見つからなかったこと、そして木曜日の朝ビダルが自宅へ戻ってビトが亡くなっているのを見つけたことです。木曜日の夜に、ビダルが俺達に、つまりケツァル少佐に助けを求めて来ました。徽章以外のIDがビトの遺体に残っていなかったので、本部に戻れなかったのです。
 俺がビトの遺体からサンプルを採って分析し、制服に付着した体毛がピューマのもので、咬み傷周辺の唾液の主と遺体の爪の間に入っていた人間の皮膚片とは別人のものであるとわかりました。ビトは全身をピューマに噛まれたり引っ掻かれていましたが、致命傷は肝臓を刃物で刺されたものでした。俺達はアンパロが何か知っていると思って、彼女の居場所を探したのですがバイト先の店でも手がかりがなく、彼女の恋人のミレレスを探しました。ところが彼は昨日街中でトラックに轢き逃げされて死んでいました。警察に道端の公園に死体があると匿名の電話がかかってきて、その後の捜査でミレレスがトラックに轢かれるのを目撃した人はいたのですが、電話をかけた人は現れない。最初に死体に触った人がいたらしいが、その人の人相風態を覚えている人が誰もいない。」
「アンパロ・モントージャは・・・」

とムリリョ博士が話しだした。

「シショカの家の使用人の娘だ。」
「え?!」

 テオもケツァル少佐もびっくりだ。

「使用人の娘の素行など雇主が気にすることはない。シショカはメスティーソの使用人の家族の内訳も気にしなかった。あの男らしいがな。だからモントージャから娘のことで相談を受けた時、正直、彼は困ったのだ。娘が質の悪い連中と交際しており、おまけに憲兵にも言い寄られていると。シショカは娘を家に閉じ込めておけと言ったそうだ。」

 それは無理、とテオは思った。娘はもう大人だろう。シショカは使用人の相談に真面目に取り合わなかったのだ。

「父親は娘を家に監禁した。モントージャの一家はシショカの屋敷に住み込みで暮らしておる。当然ながら、アンパロが閉じ込められたのは、シショカの屋敷の一角と言うことになる。アンパロは外へ出たい。だが父親の監視の目が厳しく出られない。だから彼女は最初に不良の恋人に助けを求めた。街のチンピラごときがシショカの屋敷に入れる訳がない。」
「そうですね。」

とテオは相槌を打った。なんとなく、その後の展開が読めてきた気がするが、ムリリョの邪魔をすると後が怖いので、それ以上は言わなかった。

「彼女は次に自分に言い寄る憲兵に電話をかけた。ビト・バスコはシショカが建設大臣の私設秘書であることを知っていた。だが一族の者であることは知らなかった。彼は愚かにも、政治家の秘書に憲兵の威力は効かないが大統領警護隊なら従わせることが出来ると考えた。彼は兄のビダルの制服とI Dを盗み、シショカの屋敷を訪問したのだ。」
「シショカはビトに会ったのですか?」
「その時、シショカは仕事で家にいなかった。応対したのはアンパロの父親のモントージャだ。モントージャは大統領警護隊に娘を監禁から解放しろと言われて、慌てた。彼は主人に電話をかけ、大統領警護隊が娘を監禁した件で来ていると告げた。シショカは電話の内容に怪しんで、モントージャに訪問した隊員のI Dを確認しろと命じた。」

 セニョール・シショカは馬鹿ではない。それにいちいち使用人の娘の素行問題で仕事を中断して帰宅することもない。だが・・・。

「モントージャに身分証の提示を求められたビト・バスコはI Dカードを出したが、徽章を出さなかった。モントージャが徽章の提示を求めると、彼は拒んだ。モントージャはシショカに再び電話をかけ、隊員はカードを出したが徽章は出さなかったと告げた。」
「シショカは隊員が偽物だと悟ったのですね。」
「大統領警護隊の偽物が現れたことは由々しき問題だ。シショカはモントージャに隊員を足止めするよう命じて、職場から家に帰った。」

 ビト・バスコは不幸だった、とテオは思った。彼を愛する意思がない女性に恋をして、利用されようとして、純血至上主義者の”砂の民”の自宅へ無断拝借した兄の制服とI Dで乗り込んでしまったのだ。シショカは、彼が嫌いなミックスの、それも肌の色が他のミックスとは異なる”出来損ない”の若者が、栄光ある大統領警護隊のフリをしているのを見て、激怒したに違いない。

「シショカはビト・バスコにビダルの服を着てビダルのI Dを所持している説明をさせた。ビトは説明し、無断借用を認めたが、アンパロを連れて帰ると言い張った。だから、シショカは若造を屋敷から追い出した。」


   

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