2021/12/31

第4部 牙の祭り     27

 「あー、それは・・・多分、俺に責任があります。」

とテオは言った。ケツァル少佐とムリリョ博士が彼を見た。少佐が何か言いかけたが、彼は片手を上げて彼女を制し、博士に語った。

「金曜日のお昼に、偶然ケサダ教授と大学のカフェで出会って一緒にお昼を食べたんです。その時点で既にビト・バスコ少尉が殺害時に着ていた兄の制服に付着していた動物の毛がピューマの体毛だと判明していました。だから、俺は教授が何かご存知かも知れないと勝手な期待を抱いてしまい、事件の話を教授に聞かせてしまったのです。」

 ムリリョ博士は一つだけ質問した。

「大学のカフェでか?」

 テオは博士が話を学生達に聞かれたのではないかと心配していると感じた。

「多分、教授は結界を張られていたと思います。俺はわからなかったけれど。それに途中で場所を教授の研究室へ移動させたんです。教授は事件の発生をご存知なくて、とても驚いていました。」
「我らは国家の存亡に関わる事案でなければ長老会の審理に測ることはない。個別の細やかな事案は気がついた者が独断で処理する。憲兵が犯した違反をシショカが見つけて処罰したとして、それをフィデルが知ることはない。ましてや干渉するなど・・・」
「私達も教授が動かれるとは予想だにしませんでした。」

とケツァル少佐が素早く割り込んだ。テオがケサダ教授を唆したと博士に思われたくないのだ。ムリリョが他人の話に割り込んだ彼女を睨みつけたので、テオも慌てて言った。

「教授は俺が事件の概要を話すと、行くところがあると言って、突然俺を部屋から追い出してしまいました。それっきり彼と会っていませんでした。今日のお昼迄は・・・」
「今日の昼?」
「カフェで俺達がランチを取っているところへ突然教授が現れて、奪われて不明だったビダル・バスコ少尉のI Dカードや拳銃などを俺達のテーブルに置いて、何も言わずに店から出て行ったのです。」

 ムリリョ博士が沈黙した。ケサダ教授の行動の意味を考えているのだろう、とテオは思った。彼がケツァル少佐を見ると、彼女も考え事をしている表情だったが、ふっと目を現実に戻して博士を見た。

「博士、シショカは貴方に何か訴えて来たのですか?」

 ムリリョ博士はいつも不愉快そうな顔をしている人だが、この時は一層不愉快な表情になった。

「『愛弟子だからと言って、好き勝手をさせるな』と言いおった。」
「電話で?」

とテオが思わず質問すると、博士がギロリと彼を横目で見た。

「あの男は礼儀を弁えておる。必ず直接会いに来る。」

 するとシショカはこの滅多に居場所を掴めない長老の居場所がわかるのか、とテオはどうでも良いことを思った。そして事前に電話で確かめれば不思議ではない、と思い直した。ケツァル少佐が尋ねた。

「当然、貴方はどんな好き勝手なのかとお訊きになったのでしょう?」

 テオは周りくどい会話をする”ヴェルデ・シエロ”達の会話にうんざりした。だから彼女の質問が終わると、続けてズバリと言った。

「俺たちはまだ実際に何が起きたのか掴めていないのです。貴方はいつも俺たちに何が事実なのか説明して下さる。今日もそのご親切を頂きたい。」

 少佐の目が「呆れた!」と言っていたが、彼は真っ直ぐムリリョを見つめた。
 


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