2021/12/31

第4部 牙の祭り     29 

  ムリリョ博士は語り続けた。

「ビト・バスコ曹長を追い出した後、暫くしてモントージャが娘が家からいなくなっていることに気がついた。アンパロは主人と父親が憲兵に気を取られている間に逃げ出したのだ。モントージャとしては主人に娘を探してくれとは言えない。だが彼は娘は憲兵と一緒に逃げたと思った。時間的にそう言うタイミングだったのだ。それでモントージャは主人にこう言ったそうだ。『偽の大統領警護隊隊員からI Dを回収なさらなくてもよろしいのですか?』と。シショカはI Dの写真からビトにはビダルと言う双子の兄弟がいると悟っていた。黒い肌の双子の”出来損ない”がいると言う噂を知っていた。放置してもビトはビダルにI Dを返すだろうと思ったが、”出来損ない”の分際で彼の屋敷に入り込んだ事実には、腹が立った。夜だった。
 シショカはナワルを使い、ビトを追跡した。道で若造に追いつき、襲いかかった。シショカは儂に言った。若造は襲われた理由を悟ったと。ビトは噛まれながら言ったそうだ。2度としません、と。シショカは制服を引き裂いた。そうすればビトが真っ直ぐ兄の下へ帰るだろうと思ったからだ。全身傷だらけになり、ビトは逃げ去った。彼が走って行った方向に、その日”入り口”ができていることをシショカは知っていた。だから彼はそれ以上若造を追わなかった。」

 ムリリョ博士はそこで一息ついた。テオとケツァル少佐は黙って彼が話を再開するのを待った。まだ半分だ。ミレレスがトラックに轢き逃げされた過程を知らなければならない。そしてシショカがビダルのI D等を手に入れた過程も。
 テオはふと気がついた。

「何か飲む物を買ってこようか?」

 しかしムリリョは首を振った。

「観光客が多い。」

 そして彼は続きを始めた。

「夜更けにアンパロが屋敷に戻って来た。小娘は震えていた。恐ろしいものを見たのだ。彼女はシショカの屋敷を抜け出した後、ミレレスと落ち合った。2人でペロ・ロホの本拠地へ行こうとした時、全身傷だらけのビトと出会った。ビトは一緒にいる2人を見て、利用されたことを悟ったのだ。だが彼が拳銃を抜くより早くミレレスが彼を刺した。ビトは一度倒れた。ミレレスは彼が死んだものと思い、彼から財布や拳銃、IDカードを奪い取った。しかしビトはまだ生きていた。彼は最後の力を振り絞り、そばにあった”入り口”に飛び込んだ。
 人間が空中で消えるのを、アンパロとミレレスは見てしまったのだ。アンパロは大統領警護隊の制服を着た人間を刺したミレレスを置いて逃げ帰った。恐怖に駆られたのだ。
 モントージャは娘からその話を聞き、主人に告げた。」

 テオとケツァル少佐は一瞬息を止めてしまった。テオは気温が1度下がった様な気がした。
”ヴェルデ・シエロ”が空間通路に消える現場を目撃してしまったアンパロ・モントージャとぺぺ・ミレレス、そしてその話を聞いた父親のモントージャ。

「セニョール・シショカは忙しくなったのですね。」

とケツァル少佐が皮肉を言った。ムリリョ博士がフンっと言った。

「笑い事ではないぞ、ケツァル。」

 テオはアンパロと父親の現況を案じた。彼等は生きているのだろうか。その答えをムリリョ博士は知っていた。

「シショカはモントージャ父娘から記憶を抜いた。そして直ちにぺぺ・ミレレスの追跡を始めた。ミレレスは己が目撃したものが何か完全に理解していなかったが、見てはならないものだとわかっていた。そして己が刺した男が普通の人間でないことも悟った。普通なら、セルバ人はこんな場合大統領警護隊に救いを求める。だが彼が刺した憲兵は大統領警護隊の制服を着ていた。身内にロス・パハロス・ヴェルデスがいることは間違いない。彼は頼れる者を探して街を彷徨った。ペロ・ロホは頼りにならない。警察も駄目だ。憲兵隊は当然駄目だ。刺した男は憲兵なのだ。
 シショカは肌が黒い”出来損ない”の憲兵が死んだと言う話を彼の情報屋から聞いた。公には病死となっているが、刺殺されたことは間違いない。”出来損ない”だが”ヴェルデ・シエロ”の1人だ。シショカにとって、これは一族の恥であり、侮辱だった。」
「だから、ミレレスは記憶を消されずに命を消された・・・」

 テオの言葉に、ムリリョは否定も肯定もしなかった。この人が沈黙で答える時は肯定なのだ。

「シショカはミレレスがビト・バスコから奪った物を回収した。彼はそれをビダル・バスコに返す時に、弟に大事な物を盗まれるような間抜けに制裁を加えるつもりだったのだ。」
「しかし、そこへフィデル・ケサダが干渉してきた・・・」

 ムリリョ博士が溜め息をついた。

「フィデルはシショカの書斎にいきなり現れたそうだ。勿論正面玄関から入ったのだろうが、使用人の取次を通さなかった。」
「それは彼らしくもない振る舞いです。」

とケツァル少佐が憂いを込めた目で呟いた。ムリリョ博士は彼女のコメントに同意を示さなかったが反論もしなかった。

「フィデルはシショカに言ったそうだ。 『これ以上彼女を悲しませないでくれ』と。」

 テオは昨日のケサダ教授の部屋での会話を思い起こしてみた。ケサダ教授はバスコ兄弟のことはテオの口から双子のサンボだと聞かされる迄誰だか知らなかった。しかし、母親のことは知っていた。ピア・バスコを尊敬している口ぶりだった。

「ケサダ教授は、バスコ兄弟の母親のことを知っていた。もしかすると個人的な知り合いなのかも知れない。彼は俺の話を聞いて、ビトを刺殺したのは”ティエラ”で、咬み傷や引っ掻き傷を与えたのは”砂の民”だと知ったんだ。そしてサンボの”シエロ”に手酷い制裁を与える様な人間はシショカぐらいだろうと見当をつけたに違いない。シショカに傷を負わされなければ、ビト・バスコはミレレスごときチンピラに殺される様なヘマはしなかっただろう。だからケサダ教授はビトの為ではなく、ピア・バスコの為にシショカの所に出向いて、シショカが回収したビダルの持ち物を取り上げたんだ。」

 一気に考えたことを喋って、テオは少佐と博士を見比べた。

「俺の推理は間違っているかな?」


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