2021/12/22

第4部 牙の祭り     2

  結婚披露宴は「地味に」午後10時迄続いた。ほぼ8時間ぶっ通しだった。その間に大統領警護隊はそれぞれ一旦帰宅して、ラフな服装に着替えてきた。テオは花嫁の兄なので、場を離れることが出来ない。正装のまま、会場に残った。客も入れ替わり立ち替わり変化して、アリアナが勤務する大学病院の関係者や、彼女が治療した子供達がやって来たり、ロペス父の友人知人、近所の住民まで来て、収拾がつくのか心配になる程だった。
 驚いたことに、カルロ・ステファン大尉もグラシエラを連れてやって来た。正装の軍服を着た彼はアリアナを祝福し、ロペス少佐にも祝福を伝えた。テオが見る限り、彼は新婦には友人として、新郎には同じ軍人の後輩として振る舞っていると見えた。そして全て承知しているロペス少佐も、勤務中は見せたことがない柔和な表情で大尉の祝福を受け、笑顔で数分間会話をした。
 ほんの一瞬だったが、テオはステファンの表情が硬くなった気がした。しかし大尉は直ぐに笑顔に戻り、まだアリアナと言葉を交わしている妹を促し、新郎新婦から離れて、文化保護担当部が集まっているテーブルにやって来た。
 民族衣装を着ているグラシエラは美しく可愛らしかった。デネロスと良い勝負だ、とテオが思っていると、ケツァル少佐がまるで彼の心を読んだかの様に脇を突いた。

「鼻の下が伸びていますよ。」
「美女を見た時の当然の反応をしたまでだ。」
「私を見てもそんな顔をしませんでしたね。」
「君はいつでも一番綺麗だから、わざわざ表情を変える必要がないんだ。」

 まるで恋人同士の会話だ、と彼は思った。
 グラシエラがアスルに踊ろうと声をかけた。アスルは柄じゃないと言ったが、断るのは失礼なので、踊っている人々のグループのところへ2人で入って行った。あれ?とギャラガが驚いて、テオに囁いた。

「ロホ先輩じゃないんですか?」

 テオは教えてやった。

「照れ隠しだ。」

 そこへ見知らぬ若い女性が数人やって来て、男達に誘いをかけて来た。結局ロホもステファンもギャラガも踊る羽目になった。テオにもお声がかかったので、少佐が「行ってらっしゃい」と言った。
 テオが女性に手を引かれて踊りの輪に入る時にチラリと彼女を見ると、少佐はロペス父と何か話を始めていた。
 ダンスは民族舞踊などではなく、現代音楽のセルバ流ダンスだ。テオは北米時代は踊った経験がなかったが、大学で教鞭を取り始めると、学生達と一緒に行動する時にダンスは不可欠な要素となった。ラテンアメリカでダンスは社交的にも宗教的にも必要不可欠なのだ。踊りながら周囲を見回すと、新郎新婦も踊っていたし、大統領警護隊のメンバーも一般人の客に混ざって体を動かしていた。いつの間にかパートナーが交換され、テオは3人の見知らぬ女性と踊り、最後にデネロスと向き合った。

「この曲が終わったら、休憩させてもらう。」
「私もそろそろ足に来ました。」

 デネロスが若者らしくないことを言い、2人は踊りの輪から離れた。飲み物を取って、テオはケツァル少佐を目で探した。少佐は料理が並んだテーブルの番人をしていた。つまり、少しずつ食べながら歩き回っていたのだ。彼が彼女のそばへ行こうとすると、ステファン大尉が一足先に彼女に近づいた。彼女に声をかけ、振り向いた彼女の目を見た。”心話”で何かの情報が伝えられたようだ。少佐が肩をすくめた。ステファンが、先刻ロペス少佐との”心話”で見せた緊張した表情を和らげた。テオは気がつかないふりをして2人のそばに行った。

「今日は来ないと言っていたが、結局来たじゃないか。」

と声をかけると、ステファンは肩をすくめた。

「明後日から地下神殿で指導師の試しを受けます。1ヶ月太陽を見られないので、今日は外出を許可されました。実家に戻ると、グラシエラがどうしても花嫁を見たいと言ったのです。」

 グラシエラの方を見ると、彼女はいつの間にかロホを捕まえることに成功していた。ロホのリードで幸せいっぱいの顔で踊っていた。

「さっき、ロペスと目で話をしていただろ?」

と指摘すると、ステファンはあっさり認めた。

「ブーケトスの時に、妹がブーケを掴んでも怒るな、と言われたんです。」
「え? それだけ?」
「私には重要な問題です。」

と言いつつ、彼は笑って言った。

「相手が誰だか、姉が教えてくれたので安心しました。」

 テオはケツァル少佐を見た。少佐は果物のパイを皿に取っていた。テオは彼等の妹の方を見た。グラシエラはロホと手を繋いで踊りの輪から抜けようとしていた。

「彼女が積極的なんだよ、カルロ。」
「妹の性格は知っているつもりです。」
「彼で良いのかい?」
「妹の目は確かです。」

 ステファン大尉は嬉しそうに微笑んだ。

「あいつなら、私も安心です。」



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