2021/12/21

第4部 牙の祭り     1

  アリアナ・オズボーンとシーロ・ロペス少佐の結婚式は、サン・ペドロ教会で行われた。建前上カトリック教徒なので、神父が式を取り仕切り、出席者は新郎新婦の希望通り少なかった。新郎側は、ロペス父、大統領警護隊でロペスと親しくしている隊員3名、外務省の同僚1名、そしてケツァル少佐。新婦側は、兄としてテオドール・アルスト、アリアナが1年半勤務したメキシコの病院のスタッフ2名とマハルダ・デネロス少尉。アリアナは白い花嫁用のドレスを着て、ロペス少佐は正装の民族衣装だった。それが彼の精悍な顔によく似合っており、アリアナがうっとりするのはテオも理解出来たが、ケツァル少佐やデネロス、病院の女性スタッフまでが目をハートにしているのは気に入らなかった。
 教会から出ると、ロペス父が準備した屋外レストランへバスで移動した。「質素に」と言う新郎新婦の希望が無視されているのではないか、とテオは心配したが、ケツァル少佐にそう囁きかけると、「これより質素な結婚式があるのか?」と逆に驚かれてしまった。
 レストランではさらに多くの人々が新郎新婦を出迎えた。シーロ・ロペスの幼馴染や同級生達だとロペス父が説明した。料理の半分は客の持ち寄りで、費用は大してかかっていないと父親は言った。しかしテオは、父親が一人息子の結婚式の為にかなり奮発していると睨んだ。
 来客の相手で忙しい新郎新婦から離れ、テオは木陰のテーブルに行った。そこに大統領警護隊文化保護担当部の友人達が集まっていた。男達は民族衣装だ。襞の多い巻きスカートを身につけたケツァル少佐とデネロスは、早くジーンズに戻りたいと思っていた。

「結局、伝統的な式になったな。」

とテオが感想を口にすると、彼等は冷たい視線を彼に浴びせた。

「セルバ国民になってどれだけになるんですか?」
「まさか、結婚式を見たのは初めてだって言うんですか?」
「伝統的な結婚式は、こんなものではありませんよ。」
「俺たちの伝統的な結婚式は3日3晩宴会が続くんだぞ。」
「”ティエラ”も”シエロ”も関係なく?」
「当たり前です。」

 ケツァル少佐が挨拶攻めに遭っている新郎新婦に視線を送った。

「シーロのお父様がよくこれだけ妥協なさったものだと、私達は感心しているのです。」
「すると、ロペス少佐はもっと質素にやりたかった?」
「スィ。彼は市役所に届け出をして、それで終わりにしたかった筈です。」
「でも・・・」

 デネロスが言った。

「アリアナは大勢から祝福されて嬉しいと思いますよ。」

 それは誰も否定しなかった。アリアナ・オズボーンがセルバ共和国に亡命したのは、テオに引き摺られて来たようなものだった。この国に来たばかりの頃の彼女は、見知らぬ国で、スペイン語もおぼつかず、慣れない習慣に戸惑い、片思いの恋に苦しんでいた。アメリカへ帰った方が良いのではないか、と思った者もいただろう。
 しかし、彼女は母国へ帰らなかった。精神的に危うい状態の彼女を”砂の民”から救おうと、手を差し伸べてくれたのが、移民・亡命審査官のシーロ・ロペス少佐だった。彼はメキシコの病院へ出向と言う形で、彼女を国外に出して”砂の民”が手を出せない様に取り計った。同時に、彼女には、いつでも母国へ帰ることが出来る距離にいる、と言う安心感を持たせ、彼女が自身を追い詰めないよう逃げ道を用意してくれた。
 やがてアリアナは気がついたのだ。彼女を守ってくれる大樹がそばにいることを。典型的なセルバ先住民らしく、彼は無口で真面目だったが、2人きりの時は優しく、ユーモアのセンスもあった。彼女はもう彼なしで生きていく自信がなかった。それに、彼が職務上北米に関連する移民などの問題に取り掛かって悩むことがあった時、彼女は北米人の思考パターンや習慣などについてアドバイスした。彼は彼女が必要だと言ってくれた。
 テオはもう遺伝子の問題を考えないことにした。アリアナとロペス少佐の結婚にこだわりを持ってしまったら、テオ自身の恋も否定しなければならなくなる。明るい未来だけを考えていこう。彼は決意した。



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