カルロ・ステファンを男性として見ることが出来なくなった、とケツァル少佐はテオに言った。
「彼は、私にとって、グラシエラと同じレベルの人間です。」
と彼女は言い、テオは彼女をそっと見下ろした。2人はバルからリストランテに移動し、食事をして、一旦少佐のアパートまでベンツで帰った。テオが歩いて帰ると言ったのだ。だから、彼女は自宅の車庫にベンツを置いて、彼をマカレオ通りの長屋迄護衛してくれているのだった。
「グラシエラと同じレベル?」
とテオは繰り返した。ケツァル少佐にとって、グラシエラ・ステファンは可愛い妹だ。腹違いだし、互いの存在を知ったのはほんの2年前だ。しかし少佐は妹を愛している。どんなことがあっても守りたい存在だ。そしてグラシエラもこの強い姉を信頼し、心から慕っている。だが、少佐は彼女の人生に干渉しようと思わないし、少佐自身の人生に妹が干渉することも望まない。つまり、
「つまり、君はカルロを求婚者としては認めない、と解釈して良いのかな?」
テオが確認すると、少佐は「スィ」と頷いた。
「彼は弟です。それ以外の存在ではありません。強いて言えば、私の命を預けられる同士です。」
テオは微笑んだ。
「それは最高の褒め言葉だと思うな。」
だけど、カルロ・ステファンの方はどう感じているのだろう。実力を認めてくれて信頼してくれた上官以上の存在として少佐を見ているあの男は、あっさり姉を諦め切れるのか?
「まだ22歳ですよ。」
と少佐が呟いた。
「カルロはまだ若いのです。これからいくらでも女性との出会いがあります。」
「確かに・・・」
テオは少佐が体を寄せて来たので、ドキッとした。彼女が囁いた。
「私はもう28です。」
「だから? 痛い!」
いきなり腕をつねられてテオは声を上げてしまった。少佐がパッと離れた。悪戯好きな子供の様な目で彼を見た。
「北米の男性はもっと積極的だと思っていました。」
「俺は消極的だと言いたいのか?」
「少なくとも、カルロ程ではありません。」
「それじゃ、マリオ・イグレシアス並みに迫ろうか?」
少佐が笑った。
車が走って来たので、2人は道端に身を寄せた。テオは彼女の肩に腕を回した。
蒸し暑い夜だったが、お互いの体温を感じながら暫く道端に立っていた。テオは何時キスをしようかと考えた。キスは既に何回かしている。ただ、毎回少佐の方が挨拶程度に、スッと唇を接触させてくれるだけだ。もっと愛情を込めたキスをしたい。ここで強引に・・・。
少佐がスッと体を離した。
「来週から暫くオクタカスの遺跡へ行ってきます。半月は帰りません。」
「はぁ?」
いきなり仕事の話だ。テオはがっかりした。
「オクタカスって、あの”風の刃の審判”の遺跡がある所だったな。」
随分昔の出来事の様に思い出せるが、あの遺跡は、カルロ・ステファンと初めて出会い、ロホやステファンが異種の人間だと確信を抱いた場所だった。そして・・・・
「イェンテ・グラダ村の遺構を確認して、オクタカス遺跡発掘が再開される前に村の遺構を完全に消滅させます。」
イェンテ・グラダ村は”ヴェルデ・シエロ”の歴史の中で負の遺構になるのだ。ケツァル少佐の母と、彼女とカルロの父が生まれた村。存在すると危険だと一族から見做されて抹殺された村人達。その遺構が残っていて、もし考古学者達の目に触れれば、また厄介なことになる。
「君1人で行くのか?」
「そうしたいのですが、今回は長老会のメンバーも何人か行きます。彼等には、村を殲滅させた責任がありますから、最後の始末をするのだそうです。私は、彼等の護衛です。」
”ヴェルデ・シエロ”の長老会と言ったら、最高の超能力者集団だ。その護衛を命じられたと言うことは、少佐のグラダ族としての能力がどれだけ強いかと言う証拠だ。
「カルロは行かないのか?」
「聞いていません。でも長老が彼も一行に加えたいと思えば、彼も呼ばれるでしょう。」
父親の誕生地を見たいだろうか? と考え、テオは別の可能性を思い付いた。
「カルロは、お祖父さんの故郷を見たいだろうな。」
少佐が頷いた。カルロが見て記憶するイェンテ・グラダ村の景色を、母親のカタリナ・ステファンも息子を通して見るかも知れない。
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