シエスタの時間だ。ロペス少佐は外務省から迎えに来た部下が運転する車で帰ってしまった。エルネスト・ゲイルの病室には憲兵隊の軍曹が見張りに着き、テオはアウマダ大佐とムンギア中尉と共に昼食に出た。勿論憲兵が彼を食事に誘ったのには目的があった。テオはエルネスト・ゲイルとの関係や、ゲイルのアメリカでの仕事について色々と質問された。それで彼は後々に厄介な事態に陥らないよう、可能な限り本当のことを喋った。
彼とゲイルは親がいない子供で、同じ施設で育ったこと、長じてそれぞれ遺伝子分析を研究する分野に進んだこと、テオ自身はセルバ共和国で旅行中事故に遭い、そこで受けたセルバ人の親身の世話に感動して、セルバ国民になることを決意したこと、ゲイルはそれに反対で妨害を試みたこと、ゲイルはさらにセルバ人を誘拐して研究に使おうとしたこと・・・
「何故、彼はセルバ人を研究しようと考えたのです?」
と大佐が尋ねた。テオは肩をすくめた。
「彼は、セルバ人には古代の神様の子孫がいると言う噂を耳にしたのです。」
憲兵達が顔を見合わせた。中尉が肩をすくめ、大佐が溜め息をついた。
「そんな噂をすることこそ、神に対する不敬ですがね。」
と彼は言った。
「セルバの神々は恐ろしいのです。失礼のないように我々は日々心がけています。あの男は命を落としても仕方がないことをしたのですな。」
「海が荒れたのも、神様を怒らせたからでしょう。」
とムンギア中尉が言った。若い彼がそんなことを言うと、ちょっとおかしく聞こえた。テオは彼等が白人であるテオを警戒していると感じた。エルネストの仲間とは思っていないが、セルバの秘密を打ち明けてはならない相手、と見做されているのだ。打ち明けてはいけないどころか、神様そのものと親しくなり過ぎている彼は、内心可笑しく感じながら、ムンギア中尉の言葉を冗談として受け止めたふりをして笑った。
「それで、誘拐されたセルバ人はどうなりました?」
と大佐が訊いたので、テオは本当のことを言った。
「無事にアメリカを脱出してセルバに帰国しましたよ。その時に俺も一緒に逃げて、セルバに亡命したんです。前にも言いましたが、エルネストと俺は軍の施設で研究者として働いていましたから、他国の人間になりたいと言っても許してもらえません。だから、俺は亡命するしかなかった。エルネストは、捕虜に逃げられて、俺にも逃げられて、恐らく軍から何らかの罰を受けた筈です。ただ、俺はセルバに来てから彼の消息を耳にすることが全くなかったので、彼の存在を忘れていました。だから、さっき病院のベッドで寝ている彼を見て、びっくりしたのです。」
ふむ、と大佐が考え込んだ。
「彼がパナマ辺りに亡命しようとしたとは考えられませんか?」
「俺には考えられません。」
「何故?」
「それは・・・」
テオは肩をすくめた。
「彼が育った施設以外の場所を全く知らない男だからです。彼は自活出来ません。社会のルールだってまともに守れない。それに、こう言っては何ですが、彼はメキシコから南の国々や民族を蔑視しています。己が馬鹿にしている国に逃げて来るなんて想像も出来ません。彼が亡命するなら、EUかイギリスぐらいです。」
「それでは・・・」
アウマダ大佐とムンギア中尉は互いの顔を見たが、マナーとして目は見ていなかった。ムンギア中尉が呟いた。
「母国へ強制送還、と言うのは駄目ですね。」
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