2021/12/31

第4部 牙の祭り     30

「バスコ兄弟はピア・バスコの息子だったのか。」

とムリリョ博士は呟いた。博士もあのアフリカ系の医師を知っているのだ。年齢的にピア・バスコ医師とフィデル・ケサダ教授は同じ時期に大学生活を送ったと思われた。もしかするとキャンパス内で何度も出会っていたかも知れない。ムリリョ博士も当時は現在よりも大学で仕事をする時間が長かっただろう。
 ケツァル少佐は全く別のことを疑問に感じた様だ。彼女が質問した。

「セニョール・シショカはどうしてフィデル・ケサダの要求をあっさり呑んで、ビダル・バスコの所持品を彼に渡したのです? 後で貴方に苦情を言い立てたのですから、不本意だったのでしょう?」

 ムリリョ博士が口元に微かに苦笑を浮かべた。

「シショカはフィデルを怒らせたくなかったのだ。」
「何故?」

とテオが尋ねると、少佐が答えを思いついて言った。

「フィデルの方がシショカより強いからでしょう?」

 ムリリョ博士がまた微笑を浮かべたが、今度は苦笑ではなかった。 テオはちょっと意外な気がした。”砂の民”は”ヴェルデ・シエロ”のどの部族からも選ばれると言う。選考条件はピューマのナワルを持っていることだ。(それを考慮するとマーゲイのナワルを持つグワマナ族から”砂の民”は出ていなさそうだ。)偶然だろうが、テオが知っている”砂の民”の3人は全員純血種のマスケゴ族だ。ムリリョ博士、ケサダ教授、セニョール・シショカ。年齢や経験の長さ、多さはあるだろうが、能力の強さは同じではないのか?
 そして、彼はケツァル少佐がケサダ教授の出生に疑惑を抱いていることを思い出した。少佐の疑念が正しければ、ケサダ教授はマスケゴ族ではなくグラダ族だ。少なくともグラダ族の血を濃く受け継ぐ部族ミックスの純血種だ。白人の血を引くミックスのカルロ・ステファンは黒いジャガーに変身する。エル・ジャガー・ネグロとしてグラダ族に認定されている。そしてロホが言っていた。まともに対決すればマスケゴ族のシショカはステファンの力の前ではひとたまりもないだろうと。フィデル・ケサダは、きっとピューマに変身するグラダ族なのだ。黒いジャガーではないから、誰も彼がグラダ族だと気がつかない。ムリリョ博士を除いて。セニョール・シショカは本能的にケサダが己より強い力を持っていると感じるのだろう。だから、ケサダ教授からビダル・バスコの所持品を渡せと要求され、渋々従った。

「フィデルはセニョール・シショカがビダルを罰するためにビダルの所持品を持っていると知ったのです。そして彼はそれを『やり過ぎ』だと感じた。だからシショカの屋敷に乗り込んでビダルの所持品を没収したのです。ビダル・バスコを罰するのは、大統領警護隊の彼の上官の役目であって、シショカの仕事ではないとフィデルは考えたのです。違いますか?」

 ケツァル少佐の言葉に、ムリリョ博士が初めて頷いた。

「確かに、その通りだ。儂もシショカにビダルの所持品を何故すぐに本人に返さなかったと訊いた。あいつは”出来損ない”に未熟さを自覚させる為だと言った。それは大統領警護隊におけるバスコの上官の仕事だと儂は言い、ケサダには他人の仕事に干渉するなと言い含めておくと言って、シショカを退がらせた。」
「博士はまだ教授に会われていないのですか?」

 テオの質問に、ムリリョ博士がニヤリと笑った。

「あいつは今日の午後2時過ぎのバスで北部の遺跡へ行った。クイのミイラを探しに行くと言っていた。シショカが苦情を言いに来たのはその後だ。」
「そう言えば、先週考古学部から申請が出ていました。監視不要の遺跡なので即日許可を出した場所です。」


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