2021/12/30

第4部 牙の祭り     22

  ランチを済ませると全員でジープに乗ってピア・バスコの診療所兼住居に行った。診療所は休業しており、住宅の方では早くも弔問客が来ていた。ロホとアスルを車に残し、ケツァル少佐とテオは家の中に入った。リビングで遺族に挨拶していたのは、殆どが近所の住民だ。双子の兄弟が幼い頃から知っている人々や、母親が開業してから世話をしてきた患者やその家族だろう。ピアと同居している恋人が客の応対をしていた。恋人の男は白髪混じりの男性で、やはり医師だと言うビダルの証言を裏切らず、しっかりした様子でピアを支えていた。
 ビダルは部屋の隅に座っていたが、テオと少佐を見ると立ち上がった。少佐が”心話”で何かを伝えると、彼は身振りで別室を差した。
 案内された部屋はユーティリティルームで、恐らくお手伝いを雇っているのだろうが、その人は弔問客に出す飲み物や軽食の準備で忙しく、キッチンの方にいた。ビダルはドアを閉め、テオと少佐を見た。

「何か分かりましたか?」

 少佐が茶封筒を出した。

「中身を確認して下さい。」

 ずっしり重量がある紙袋を受け取って、ビダルはハッとした表情を見せた。馴染みのある重量だ。彼はそばの家事台の上に袋の中身を広げた。IDカードが入ったパスケース、財布、その中の運転免許証、拳銃、そして弟の携帯電話。現金がなくなっていることは気にならないようだ。そんなことを気にする次元の話ではないからだ。テオが尋ねた。

「君の物で間違いないな?」
「スィ、私のI Dカードと拳銃、免許証です。そしてビトの携帯・・・」

 ビダルは拳銃を手にして、中の弾倉を開けた。そして少佐に顔を向けた。

「弾は私が装填した時のままです。」

 少佐が頷いた。少なくとも拳銃が何らかの犯罪に使用された形跡はない訳だ。

「これは何処で? 誰が持っていたんですか?」

 当然の質問が来た。テオが答えた。

「それは言えないんだ。俺たちも知らない。ある人がさっき持って来てくれたんだ。その人も多分、遣いだと思う。昨日の午後まで事件のことを何も知らない人だったから。」

 ビダルが何か言いたそうにしたが、少佐が遮った。

「事件の真相はまだ捜査しなければなりません。ただ貴方の所持品は戻りました。出来れば今すぐにこれらの物を持って、本部へ帰還し、指揮官に報告しなさい。貴方がどう行動すべきかは、貴方の上官が指図します。」

 テオは言い添えた。

「警察でも憲兵隊でも、被害者の身内は捜査に参加出来ないからな。」
「承知しています。」

 ビダルは何かを耐える声で応えた。

「しかし、私は母を1人にしたくない・・・」
「まだ休暇中ですね。上官に奪われた物を回収した報告をして、母親に付き添う旨を申し出なさい。大統領警護隊は不幸に見舞われた隊員に勤務を強制するような酷いところではありません。」

 ケツァル少佐にキッパリ言われて、ビダル・バスコ少尉は敬礼した。そして喪服の上着の下に拳銃を隠し、その他の小物も内ポケットに入れると、再び敬礼して居間へ出て行った。テオと少佐も小部屋から出た。ビダルが母親に”心話”で何か伝え、それから彼女をハグし、母親の恋人に何か言ってから、テオ達の方を見た。少佐がテオに言った。

「ここにいて下さい。すぐに戻ります。」

 彼女はビダルを連れて外へ出た。数分後に戻って来たので、ロホ達のジープに彼を乗せたのだとわかった。ロホとアスルはビダルを本部へ連れて行き、また連れ戻って来る予定なのだ。
 テオはお手伝いさんと思われる女性からトレイを差し出され、カクテルの様な飲み物を2つ取った。そばに来た少佐に一つ渡し、室内を見回した。居間は花が飾られ、奥に棺がある。母親と恋人はその棺の前に座って弔問を受けているのだ。近所の世話焼きおばさん達がお手伝いさんを手伝って働いていたり、客の相手もしている。見る限り怪しい人物はいない。死んだぺぺ・ミレレスが本当に刺殺犯なのか否か、まだ不明だ。ミレレスの遺体からサンプルが採れれば良いのだが。
 客達がざわついた。家の入り口を見ると、憲兵が2人入って来た。若い隊員だ。ピアが立ち上がり、彼等を迎えた。憲兵達は弔問の言葉を述べ、1人がピアをハグした。もう1人はピアの恋人に頼んで棺の中を見せてもらった。顔を検めたのだ。遺体の顔はピアが化粧して傷を隠している筈だ。憲兵を誤魔化せるだろうか。
 棺の中を見た憲兵は、棺に向かって敬礼した。母親をハグした同僚と交代し、彼もピアをハグした。
 少佐がテオに囁いた。

「ビトと仲が良かった同僚達です。きっと巡回勤務の途中ですね。正式の弔問ではない筈です。」

 2人の憲兵は改めて敬礼して、外へ出て行った。テオは呟いた。

「ビダルがいなくて良かったな。」

 少佐が彼を振り返った。

「そう言えば、ビトは双子の兄弟が大統領警護隊にいることを僚友に教えていませんでしたね。もしビダルがここにいたら、彼等はどんな反応をしたでしょう。」



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