2021/12/29

第4部 牙の祭り     21

  何気なくカフェの出入り口の方へ視線を向けたアスルが、「え?」と言う表情をした。彼が驚く顔を見せるのは滅多にないので、テオもケツァル少佐もロホも、同じ方向を見た。そして全員が「え?」と思った。
 滅多に見せない普段着姿でグラダ大学考古学部教授フィデル・ケサダが店に入ってきた。彼は店内を見回し、テオと文化保護担当部の3人を見つけると、まっすぐやって来た。4人用のテーブルだ。一番階級が低いアスルが素早く立ち上がった。しかし教授は手で「座れ」と合図して、テーブルの横に立つと、ケツァル少佐の前に茶色の大判封筒を置いた。ゴツンと鈍い音がした。中に硬い物が入っているのだ。少佐が彼を見上げると、教授は目を逸らし、くるりと体の向きを変えて歩き去った。テオ達は無言で、彼の後ろ姿を彼が店から出て見えなくなる迄見つめていた。
 やがて、彼等の視線はテーブルの上の茶封筒に注がれた。少佐が封筒を掴み、そこそこ重量がありそうなそれを逆様にした。封をしていない封筒から、プラスティックのパスケースに入ったI Dカード、使い込まれた革財布、携帯電話、拳銃が出て来た。ロホが素早く拳銃を掴み、軍服のベルトに差した。少なくとも、座っている間は他の客や店のスタッフに見えない。少佐がパスケースを掴み、中のI Dカードを見た。そしてテーブルの上に置いた。ビダル・バスコ少尉の顔写真が印刷されていた。テオは財布を手に取り、中を検めた。現金は小銭しかなかったが、ビダル・バスコ少尉の運転免許証が入っていた。アスルは携帯電話を掴み、パスワードを2、3試し、ロック解除した。

「ビトの携帯電話です。」

 彼の囁きに、彼等はまた互いの顔を見合わせた。何故、ケサダ教授がこんな物を持って来たのだ?
 ロホが囁いた。

「教授は犯人をご存知ですね。ピューマも刺殺犯人も。」

 テオが追加した。

「きっとミレレスを轢き逃げさせた人も誰だか知っていると思う。」

 少佐が彼に確認した。

「ケサダは、貴方が事件の話を大学で彼に話す迄、何も知らなかったのですよね?」
「うん、驚いていたから、絶対にあの時迄何も知らなかった筈だ。だが、俺と話をしている時に、急用を思いついて俺を部屋から追い出した。」
「その時、犯人に心当たりがあったんだろう。」

とアスルが呟いた。

「あの先生は、よくわからん。俺は一度も”心話”を許してもらったことがない。」
「私はある。だが、常に情報をセイブされて必要なことしか教えて下さらない。」

 ロホもケサダ教授がガードの固い人である意見に同意した。ケツァル少佐はまだI Dカードを眺めていた。テオが仲間が忘れている人物を思い出した。

「ミレレスの彼女、アンパロはどうしたんだろ?」


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