2021/12/30

第4部 牙の祭り     23

  もしビト・バスコ曹長が双子の兄弟が大統領警護隊で勤務していると憲兵隊の同僚に話していたら、彼は死なずに済んだかも知れない、とケツァル少佐は言った。

「彼は彼なりに兄に引け目を感じてしまっていたのでしょう。何故兄が選ばれて彼は選ばれなかったのか、彼はきっと悩んだに違いありません。それに大統領警護隊に入ると言うことは、一般の軍人に兄弟が特殊な能力を持っていると教えることになります。双子ですから、選ばれなくても同じ力を持っていると思われる。ビトは友人を失いたくなかったでしょうし、兄より劣っていると思われたくもなかった。だからビダルの勤務先を秘密にしていたに違いありません。」
「だけど、何らかの理由で大統領警護隊のふりをする必要が生じた?」
「ビトにとって必要だったのでしょう。でも理由を兄に言いたくなかった。」
「極めて個人的理由だな。」

 テオは考えて、若者の頭の中を想像した。

「アンパロと言う女性に片思いしたことが関係していると思う。」

 アンパロは陸軍基地の兵士達が多い地区の飲食店で働いている。憲兵も当然客として通う。ビトは彼女に恋をした。しかし彼女にはぺぺ・ミレレスと言うヤクザの恋人がいた。彼女はビトに興味がなくて追い払おうとした。憲兵隊の曹長ごときでは靡かないと言う態度を示した。それで、ビトはビダルと帰省が同じになった時、兄の制服とIDを持ち出した。兄のふりをして、大統領警護隊なら彼女の気を引けると思ったか?
 テオはこの考えを少佐に語り、それから別の考えも披露した。
 アンパロはビトにぺぺと別れたいと言った。彼女は店のスタッフ達にぺぺと別れたいと言っていないから、勿論嘘だ。ビトとぺぺを対決させてぺぺにビトを追い払わせようとした。ビトは憲兵としてぺぺにアンパロと別れろと言ったが、効果がなかった。ヤクザは階級が低い憲兵の若造を相手にしなかった。それでビトはビダルのふりをしてもう一度ぺぺと対決しようとした。大統領警護隊ならヤクザも退くからだ。
 それから3つ目の考えを語った。
 アンパロが振り向いてくれないので、ビトは兄が大統領警護隊にいると彼女に明かした。それで彼女の気を引こうとした。彼女が証拠を見せろと言った。だからビトは一晩だけのつもりで兄の制服とI Dを持ち出した。
 ケツァル少佐が考え込んだ。テオが出した3つの説はありそうでなさそうだ。

「やはりアンパロを探し出さないことには、ビトがビダルの制服を持ち出した理由がわかりませんね。」
「アンパロはまだ姿を現さないのだろうか? ケサダ教授にビダルのIDカードなどを誰から受け取ったのか聞きたいが、あの人は語ってくれそうにないだろう?」

 少佐が家の外に出ようと合図した。
 外はまだ明るく、太陽が照りつけていた。日陰に入り、少佐が電話をかけた。相手はアスルだった。

「状況は?」
ーーバスコ少尉が警備班の指揮官と共に副司令官のところへ行っています。
「ロホは?」
ーーカルロの試しが始まったので、ちょっと覗き見に行ってます。上官に見つかるとやばいですが・・・
 
 テオは笑いそうになって我慢した。ロホは親友が難関試験を乗り越えられるか心配なのだ。カルロ・ステファンは1ヶ月間太陽を見られない地下神殿で修行をする。どれだけ緊張しているか、ロホは気になったのだろう。

「覗き見は良い趣味ではありませんね。」

と少佐が言った。

「ところで、こちらへバスコ少尉を連れて戻ったら、どちらか1人が彼に付いていて下さい。彼は葬儀が終わる迄は母親のそばにいるでしょうけど、埋葬が済んだら何を仕出かすかわかりません。」
ーー私が付きます。
「ではお願いします。それでは、ロホはケサダ教授のところへ行って、先刻の封筒の中身を誰から手に入れたのか聞いて来るように。」

 電話の向こうでアスルがちょっと笑った。

ーーバスコを選んで良かったです。

 少佐も苦笑した。

「フィデル・ケサダは手強いですよ。くれぐれも怒らせるなとロホに伝えなさい。今期アンドレが人質になっていますからね。」
ーーアンドレの担当教官はムリリョ博士でしょう?
「実際に教授するのはケサダですよ。」

 少佐はこれからギャング団のペロ・ロホのところへ行くとアスルに告げて電話を終えた。テオが尋ねた。

「アンパロの居場所をギャングに訊きに行くのか?」

 少佐が頷いた。



0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...