2021/12/26

第4部 牙の祭り     11

  他の教授や講師の部屋に入るのは、ちょっとしたワクワク感があった。それぞれの性格が狭い部屋の中に詰め込まれている。テオは宗教学部のウリベ教授の部屋を訪問したことがあった。民間信仰を研究しているウリベ教授の部屋には呪いや祈祷に使用される人形や道具が雑然と置かれていて、どんな基準で置かれているのか、テオは理解出来なかった。
 フィデル・ケサダ教授の部屋は、想像を裏切らず、きちんと整頓されていた。ガラス扉が付いた棚に遺跡からの出土物の破片が綺麗に並べられ、どれもラベルが付いていた。書棚も同じ大きさ、同じシリーズ毎に書籍が並んでいた。まるで図書館か博物館だ。
 教授はドアの外側に「シエスタ」と書かれた札をぶら下げ、テオが中に入るとドアを閉めて中から施錠した。そしてテオに訪問者用のパイプ椅子を勧めた。彼自身の椅子もモダンな事務用チェアで、飾り気がなかった。デスクトップとラップトップのパソコンが机の上にあったが、それを彼は傍へ押し退け、テオに机に近づくよう言った。

「”ヴェルデ・シエロ”を殺せるのは”ヴェルデ・シエロ”だけだと思うのは、自惚れだと承知していますが、私は日頃そう考えています。」

と教授は言った。テオは頷いた。

「俺も同じです。遠くから狙撃しても、あなた方は気がついて銃弾を空中で破壊してしまう。」
「殺された憲兵はどんな死に方をしたのです?」

 テオは昨夜の遺体を脳裏に思い浮かべた。

「無惨でした。全身が爪と牙で傷付けられていました。ですが、致命傷は右脇腹、肝臓を刃物で刺された物です。恐らく、爪と牙の傷で衰弱していたところを刺されて、自力で治せず、失血死したものと思われます。」
「貴方はその死骸をご覧になった?」
「スィ。」

 テオは、結婚式帰りにビダル・バスコ少尉に出会った話から説明を始めた。ビダルがケツァル少佐と彼に助けを求めてきたこと、兄弟の母親が”ヴェルデ・シエロ”であり医師でもあり、息子の亡骸から犯人の遺留品らしき物を採取してくれたこと、現在それをテオの研究室で分析中であることも語った。

「すると、トーコ副司令官は、ケツァル少佐と貴方に事件の真相究明を命じられた?」
「俺は命じられた覚えはありませんが、ケツァル少佐はそうです。」
「彼女が動けば貴方も動く。」

 教授が微かに苦笑した。

「爪と牙で襲われたなら、その憲兵は変身して応戦する暇がなかった。拳銃で応戦した感じでもなかったのですね?」
「硝煙反応が残っていれば、少佐もビダルも母親も気がついたでしょう。」
「確かに。」
「それから、言い忘れましたが、引き裂かれた制服に残っていたのは、ピューマの体毛でした。」

 教授が眉を上げた。

「ピューマ? ジャガーではなく?」
「スィ、ピューマです。」

 ケサダ教授が考え込んだ。テオは彼が今回の事件に無関係だと確信した。
 やがて、教授がテオに向き直った。

「これは、飽く迄私の推測ですが・・・」

と彼は言った。

「その憲兵は兄から無断で借用した制服で何かをしようとしたのでしょう。恐らく、憲兵ではなく大統領警護隊でなければならない何かです。しかし、バレた。それが彼が何かしようとしたことの相手なのか、それとも彼が偽物の大統領警護隊であることを知った無関係な”ヴェルデ・シエロ”かはわかりません。それで、その、ピューマは・・・」

 教授はまた考えてから、質問した。

「ピューマによる傷は致命傷ではないのですね?」
「防御創も含めて、全身噛まれたり引っ掻かれていましたが、治りかけていたものもあり、どれも深いものではありませんでした。数が多すぎましたが・・・」
「多分、彼は制裁を受けたのです。」
「制裁?」
「勝手に大統領警護隊の制服を使用した罰です。ピューマに襲われたのなら、”砂の民”に制服の無断使用がバレて、罰を受けたのです。初犯だから殺さずに痛めつけて、2度とするなと警告を与えられたのでしょう。」
「では、肝臓を刺したのは?」
「それは別の人間です。”砂の民”が警告を与えた相手をすぐに殺すことはありません。必ず数日は様子を見ます。それに直接己の手を汚す”砂の民”はいません。」
「では、ピューマに痛めつけられて弱っていたビトは、誰か別の・・・財布と拳銃を取ろうとした強盗に刺された可能性もあるのですね?」
「憲兵が不甲斐ないことですが、ピューマに痛めつけられた状態でしたら、”ティエラ”と戦うことも無理だったかも知れませんね。」

 ケサダ教授は少し困ったぞと言う顔をした。

「殺された憲兵と兄の警護隊隊員は、ミックスですね?」
「スィ。サンボです。」
「ああ・・・」

 やっと誰だかわかった、とケサダ教授は言った。

「医者の母親と言うのは、ピア・バスコですね。肌の色が違うと言うことで、メスティーソの”シエロ”達からも冷たい扱いを受けながら、医師になった強い女性です。彼女の子供にそんな不幸が起きたなんて・・・」


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