2022/01/28

第5部 山の向こう     10

  2時間後、イサベル・ガルドスが疲弊した表情で待合室に出てきた。アーロン・カタラーニも一緒だった。2人はバスルームに入って防護服を脱ぎ、シャワーを一緒に浴びた。そして2人で並んで待合室のベンチに座ったので、テオはサンドウィッチとコーヒーを運んでやった。

「怪我人はどんな具合だい?」

 彼が尋ねると、ガルドスが微笑んだ。

「フレータ少尉は大丈夫です。焼けた軍服を脱がすのに時間がかかりましたが、熱傷の程度は深くありませんでした。と言っても、深達性II度ですから、油断出来ません。爆風で外に弾き飛ばされたのが良かったのだと、ドクトラが仰いました。少尉はまだ横になっていますが、意識はあります。入院準備を看護師が整える迄、もう少し手術室にいてもらうそうです。」

 ステファン大尉がテオの後ろでホッと息を吐くのが感じられた。だが安心するのはまだ早い。

「キロス中佐は?」
「深達性Ⅲ度ですから、かなり危険な状態です。意識もありません。」
「助かるだろうか?」
「センディーノ先生は助けると仰っています。」

 テオは手術室のドアを見た。手術室と言っても、村の診療所だ。最新設備が整っている訳ではない。
 ドアが開き、医師と2人の看護師が出て来た。テオはセンディーノ医師と看護師がバスルームへ行って汚れた防護服とマスクなどの装備を解く迄待っていた。10数分後に3人は待合室に戻って来た。テオが作ったサンドウィッチとコーヒーに飛びつくようにして彼等は空腹を満たした。
 テオは辛抱強く彼女達が口を利く迄待った。やがてセンディーノが顔を上げた。

「運よく気道熱傷はありませんでした。肋骨を骨折していたので、その処置に時間がかかりました。熱傷箇所は少なく、治癒に時間はかかりますが、熱傷で生命の危険が脅かされる恐れは低いと思います。でも私としては、オルガ・グランデの大きな病院での治療を勧めます。ここでは清潔に保つのが難しいですから。」

 ステファン大尉が尋ねた。

「フレータ少尉と話せますか?」

 センディーノが「スィ」と頷いた。

「彼女は強いですね。熱傷部位は右半身で、深達性部分は少ないものの、かなりの激痛だと思いますが、耐えています。痛み止めを処方したので、少しうつらうつらした状態ですが、5分程度の会話は出来るでしょう。でも、もう少し後になさっては?」

 しかしステファン大尉は手術室に入って行った。センディーノが呆れたと言う表情をしたが、看護師達は大統領警護隊の行動に特に驚かなかった。
 センディーノがテオに尋ねた。

「夢中で患者の手当をしましたが、一体何が起きたのです?」
「キロス中佐が気分が悪い様子だったので、フレータ少尉がジープで宿舎へ連れて行こうとしたのです。エンジンをかけた途端にジープが爆発したらしい。」
「他に怪我人は?」
「パエス中尉が右目を負傷したと聞きましたが、ここには来てません。」

  看護師が窓の外を見た。

「水上部隊に軍医がいますから。それに沿岸警備隊にも衛生部隊がいます。」

 そっちの設備の方が良かったのかな、とテオはちょっぴり考えてしまったが、それではステファン大尉が怪我人のそばに近づけないかも知れない。
 診療所の入り口のドアが開いて、ガルソン大尉が入って来た。

「中佐と少尉の様子はどうですか?」
「2人共、取り敢えず窮地を脱した様だよ。」
「良かった・・・」

 ガルソン大尉はまだ昼過ぎだと言うのに、3日も働いた様に疲れ切って見えた。センディーノが彼にパエス中尉の怪我の具合を尋ねた。ガルソンは、大したことない、と答えた。

「目の下を少し切っただけです。」

 それは目を武器に使う”ヴェルデ・シエロ”にとって大事なのだが、ガルソンは何でもない様に言った。
 カタラーニが窓の外の道路封鎖を見ながら、大尉に質問した。

「道を封鎖しているのは、テロでも警戒しているのですか?」
「スィ。」

 とガルソンがこれも事なげなく答えた。

「しかし爆弾が使用された様子がないので、暫くしたら封鎖を解きます。」

 彼は医師に向き直った。

「救急処置に感謝します。2人の女性は病院に移した方が良いですか?」

 ”ヴェルデ・シエロ”が普通の病院の利用を考えていることに、テオは少し驚いた。庶民として生活している人ならともかく、大統領警護隊はそんな考えを持たないのではないのか、と思ったのだ。しかし、センディーノ医師がこう言った。

「オルガ・グランデ陸軍病院ですか? あそこなら設備が整っているので、患者も安心して治療に専念出来るでしょう。」
「では、水上部隊長に患者の受け入れ要請をしてもらえるよう頼んで来ます。」

 頼むのではなく、命令しに行くのだ、とテオは思った。そこへステファン大尉が手術室から出て来た。フレータ少尉の話を聞いていたにしては時間が長かったので、きっとキロス中佐と少尉に祓いをしていたのだろう、とテオは推測した。
 2人の大尉が一瞬目を合わせた。”心話”だ。一瞬にして情報共有をしてしまえる。他人に聞かれたくない話がある時は羨ましい。
 ガルソン大尉が石の様に無表情で、顔を振って「来い」と合図した。ステファン大尉は診療所の人々に「また来ます」と言って、先輩について外へ出た。テオも急いで後を追った。それぞれがどんな新しい情報を持っているのか、知りたかった。
 ガルソンがテオに気付き、煩そうな顔をしたが、来るなとは言わなかった。


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