2022/01/28

第5部 山の向こう     11

  テオはガルソン大尉の横に並び、小声で尋ねた。

「大尉はパエス中尉が何か車にやったとお考えですか?」

 ガルソン大尉が足を止め、ステファン大尉を振り返った。余計なことを部外者に言うな、と目で言ったのかも知れない。ステファン大尉がテオに言った。

「キロス中佐の骨折は気の爆裂を受けたからです。この村の中にいる”シエロ”は我々6人だけですから・・・」
「それに私の子供が2人。」

とガルソン大尉が付け加えた。母親が”ティエラ”でも子供は半分”ヴェルデ・シエロ”だ。でも、とテオは言った。

「貴方のお子さんは計算に入れなくて良いでしょう。あんなことが出来るのは大人だ。それに、パエス中尉も結婚されていましたね?」
「パエスの子供は妻の連れ子です。」

 ガルソン大尉が再び足を動かした。

「彼の家の子供達は”ティエラ”だ。」

 テオも彼を追いかけた。

「しかし、彼が何故キロス中佐にあんなことをする必要があるんです? フレータ少尉だってあんな目に遭わされる理由がない。」
「それはこれから彼を尋問します。」

 ステファン大尉が後ろで別の話を囁いた。

「フレータが言ってました。彼女が助かったのは、キロス中佐が気で彼女を車外に吹き飛ばしてくれたからだ、と。」

 歩きながら数歩の間、ガルソン大尉が目を閉じた。

「そう言う優しい方なのです、中佐は・・・」

 彼が目を開いた時、微かに空気がビリリと振動した、とテオは感じた。上官を暗殺しようとした者へのガルソン大尉の怒りだった。
 オフィスの前に来ると、黒く焦げたジープがまだ残っていた。立ち番をしていた陸軍兵にガルソン大尉が部隊長を呼べと命令した。テオとステファン大尉はオフィスの中に入った。奥の部屋のドアは閉じられ、その前にラバル少尉が椅子を置いて座っていたが、ステファン大尉が入って来たので立ち上がり、敬礼した。ステファンも敬礼した。それから彼はテオに彼自身の席に座って待つよう指図して、ラバルにはコーヒーを淹れてやった。テオはパエス中尉が気になったが、大人しく座っていた。
 ガルソン大尉と部隊長が入って来た。ステファンは彼等にもコーヒーを淹れて出した。部隊長はちょっと驚いた様だ。今迄にも大統領警護隊のオフィスに入ったことはあったのだろうが、コーヒーのサービスは初めてだったに違いない。
 ガルソン大尉は先ず村の道路封鎖を解除する許可を出した。部隊長が不安気に尋ねた。

「テロリストを探さないのですか?」
「テロリストはいない。」

とガルソン大尉が言った。

「爆弾はなかった。ただの事故だ。」

 テオは部隊長がまだ不安気な顔をしているのを見逃さなかった。しかしガルソン大尉は”操心”を使って彼の不安を取り除く気力がないらしく、放置した。

「キロス中佐とフレータ少尉は命を取り留めたが、火傷が酷い。オルガ・グランデ陸軍病院へ移したいので、手配してもらえないか?」

 部隊長が立ち上がり、敬礼した。

「直ちに基地へ戻り、オルガ・グランデ基地に連絡します。ヘリコプターで搬送することになるかと思いますが、大丈夫ですか?」
「スィ。グラシャス。」

 ガルソン大尉も立ち上がって敬礼を返した。部隊長は体の向きを変え、ステファン大尉とラバル少尉にも敬礼してオフィスから足速に出て行った。

0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...