2022/01/27

第5部 山の向こう     9

  看護師の一人が待合室に顔を出し、テオとカタラーニ、どちらでも良いから中で手伝ってくれと言った。カタラーニが素早く手を挙げた。彼はテオに言った。

「僕が中で手伝います。先生は大統領警護隊に顔が効くから、残って下さい。あ、僕等が集めた検体を冷蔵庫に入れておくのを忘れないで。」

 ちゃっかり恩師を使ってくれた。待合室に一人になったテオは窓の外を見た。診療所から事件現場は見えないが、陸軍兵がジープで道路を封鎖するのが見えた。ステファン大尉はテロの疑いを抱いて、犯人の逃亡を防ごうとしているのだ。
 テオはキッチンに入り、手術室で最善の努力をしている5人の為にサンドウィッチを作った。ジャムやピーナツバターの簡単な物だが、昼食を暢んびり作っている気分になれなかった。大皿にサンドウィッチを盛り付けたところへ、やっとステファン大尉が現れた。

「爆弾か?」

 テオの質問に、彼は首を振った。

「それを疑ってジープの残骸をガルソン大尉と2人で見ましたが、それらしき物は見つかりませんでした。」

 大統領警護隊は科学捜査をしない。ただ破片を「呼ぶ」のだ。爆弾の破片がなかったので、別の疑念が湧いた、とステファンは言った。

「ガルソン大尉は、パエス中尉を拘束しました。」
「何故だ?」

 テオはびっくりした。パエス中尉は仲間だろう? ガルソンと同じブーカ族だ。ステファンは説明した。

「ジープの爆発でパエス中尉は右目を負傷しました。ラバル少尉が彼を介抱しようとした時に、パエスが尋ねたそうです。『中佐は死んだか?』と。」

 テオは少し考えてしまった。そして大統領警護隊が何に引っ掛かりを感じたか悟った。

「普通は、『中佐は無事か?』と尋ねるよな?」
「スィ。ラバル少尉は奇異に感じ、パエスをオフィスに連れて行ってから、手当てをするフリをして、パエスに目隠しをして、手首を縛りました。それから私にパエスを拘束したことを報告に来ました。私が水上部隊の部隊長に車を見張らせてオフィスに戻ると、パエスは椅子に縛られて怒っていました。彼は拘束された理由がわからないと言いましたが、そこに診療所からガルソン大尉が戻って来ました。ラバル少尉がパエス拘束の経緯を報告すると、ガルソンは少尉の意見を支持しました。私も意見を求められたので、同意しました。」
「だが、パエス中尉がジープを爆発させたとして、その理由は何だ?」
「それはこれから調べなければなりません。彼の単独犯行なのかどうかも不明です。」

 テオはもう一度窓の外を見た。小さな村の封鎖は既に完了しており、外は静かになっていた。彼は自分の意見を述べた。

「パエスが犯人かどうかは別として、爆弾が使用されたのでなければ、ジープを爆発させたのは、”ヴェルデ・シエロ”の気の爆裂だな?」

 ステファンが渋々認めた。

「エンジンの不具合でもなければ、そう言うことでしょう。」
「君は村を封鎖したが、多分オルガ・グランデの陸軍基地に報告が入っていると思う。」
「大統領警護隊から指図がなければ、軍は大統領警護隊が関わる事件に乗り出して来ません。」
「そんな問題じゃないだろ。」

とテオは親友が見落としていることを指摘した。

「事件はすぐに”砂の民”の耳に入るってことだよ、カルロ。」


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