2022/01/01

第4部 牙の祭り     32

 「え? どう言うことだ?」

 テオはちょっと混乱しそうになった。
 フィデル・ケサダが純血種のグラダ族の男なら、ナワルは黒いジャガーでなければならない。しかし彼は”砂の民”となった。だからナワルはピューマだ。この世に有り得ない黒いピューマならば、大神官の素質がある。しかし、ムリリョは言った。ケサダのナワルは「黒くない」と。

「普通のピューマだったってことか?」
「ノ。」

 意味がわからずテオは助けを求めてケツァル少佐を見た。少佐がグッと考えて、それから顔を上げた。

「見てはいけないものと私が言った時、貴方は私に記憶を見せまいと目を閉じられました。そして黒いピューマの話をされました。黒いピューマの伝説なら私も聞いたことがあります。貴方が私に記憶を読ませまいとなさっても、私は想像出来ます。貴方がご覧になったのは、伝説にないものですね?」
「伝説にないもの?」

 テオの質問に少佐が彼を振り返った。

「伝説にはありませんが、実在は確認されているものです。」
「ケツァル・・・」

とムリリョ博士が哀願する目で彼女を見た。しかし少佐はテオに言った。

「大神官になるに十分な能力を持ちながらも、大神官になることを許されないグラダの男性がいるのです。古代では、生贄に選ばれていました。”ヴェルデ・シエロ”だけでなく、”ティエラ”でも、鹿でも鳥でも猿でも、同じ色のものは生贄の対象でした。」
「同じ色のもの?」

 ムリリョが呟いた。

「白だ。」

 テオはぽかんとした。自然界では十分あり得る存在なのに、今まで”ヴェルデ・シエロ”の世界で彼は想像すらしたことがなかった。殆ど外観が白人のアンドレ・ギャラガでさえ、そのナワルは薄いけれど黒いジャガーなのだ。

「そう言えば・・・」

 彼は頭を掻いた。

「白いライオン、白い虎、白い豹、白い猫は見たことがある。だが、白いジャガーや白いマーゲイ、白いピューマは聞いたことがない。旧大陸のネコ科の動物に白変種は出現するが、新大陸は黒変種だ。但し、ピューマは実例が1件もないがね。白いピューマはブラジルで撮影された写真がS N Sで公開されて話題になったことがある。」

 彼はムリリョ博士を見た。

「フィデル・ケサダは白いピューマに変身するのですね? 勿論現代のあなた方は生贄などなさらないでしょうけど、彼は一族にも自分のナワルを知られたくない。ピューマはジャガーに存在を知られたくないし、白い毛皮も目立ち過ぎて彼の目立たずに生きる主義に反する。そうですね?」

 ムリリョが首を振った。

「あれの人柄や能力の高さを称賛して、彼を次の族長にと言ってくれるマスケゴ族の有力者達は多い。儂も儂自身の子供達より彼の方が族長にふさわしいと信じている。しかし、どんなに隠してもあれはグラダなのだ。あれの子供達も半分グラダだ。儂は正しい能力の使い方をあれとあれの家族に教えてくれる人を探したが、未だに見つからぬ。」
「それなら・・・」

 ケツァル少佐が微笑んだ。

「一緒に勉強して自分達で習得していきましょう。大統領警護隊の3人とケサダ家の人々で互いに学び合います。カルロ・ステファンとアンドレ・ギャラガは軍人ですから攻撃に用いる力の使い方を知っています。フィデルは考古学者ですから伝統的な祈りや守護の為に用いる力に熟知している筈です。考古学の特別ゼミでもフィデルに開いてもらって、カルロとアンドレに受講させてはどうでしょう? たまには課外学習などで・・・」
「軍事訓練とか?」

 とテオが言うと、ムリリョ博士が初めて笑った。

「フィデルの子供は全員娘だぞ、ケツァル。彼女達と一緒にお前も神殿での作法を習うか?」
「そ・・・それは・・・」

 少佐が焦ってテオを見た。そんな目で見られても助け舟は出せないぜ、テオは肩をすくめて見せた。



1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

実は、ムリリョはこの場面で、フィデル・ケサダが「白いピューマ」であると認めていないことに注目。
「白」だと認めただけである。

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