2022/01/10

第4部 花の風     17

  ケツァル少佐は考古学部へ行き、ケサダ教授と新しい遺跡の登録について話し合った。教授は実際に現場を見てみないことには規模も位置もわからないと言うことで、次の週末にオルガ・グランデに行くと言った。少佐は彼の出発日時が決まったら教えてもらう約束をした。彼女が同行するか部下を行かせるか、それは教授のスケジュール次第だ。
 テオはその話を彼女が生物学部に戻って来た時に聞かされた。少佐が自宅での夕食に招いてくれたのだ。

「オルガ・グランデは教授の生まれ故郷だね。」

と言うと、少佐は頷いた。

「でも彼は今迄一度もそれに触れたことがありません。」

 きっと彼の出自を秘密にしたい養い親の意向があるのだろう。
 少佐は一足先に帰っていると言って、ベンツで去って行った。テオも自分の車に乗って家路を走った。バスターミナルの近くへ来ると、丁度南から来た路線バスが到着して乗客がゾロゾロ降りて来るところだった。テオは歩行者の為に減速した。するとバスから降りた人々の群れの中に、知っている顔を見つけた。彼はその人のそばまで車を近づけ、窓を開けて声をかけた。

「エミリオ!」

 エミリオ・デルガド少尉が振り返った。よく日焼けした顔を綻ばせた。

「ドクトル・アルスト! 久しぶりですね。」
「良ければ乗って行け。」
「グラシャス!」

 車を止めることなく、窓からリュックサックを後部席に放り込み、助手席のドアを開けてデルガドが入って来た。セルバ人は結構この手の芸当を普通にやっている。危険なので、テオは本当はやって欲しくないのだが、人種に関係なく彼等は日常しているのだ。
 ドアを閉じると、テオはスピードを上げた。

「本部へ帰るのかい? それともうちに来る?」
「まだ休暇中です。実家にいても暇なので戻って来たのですが・・・」
「それじゃうちに来い。と言っても、今夜俺はケツァル少佐の家の夕食に招かれている。俺の家にはアスルしかいない。どっちが良い?」

 ちょっと意地悪な選択だ。時間を考えると、アスルはまだ買い物中だろう。デルガドは数秒考えて、アスルを選んだ。上官の家に招かれもしないのに押しかけたくないのだ。テオは車を路肩に停めて、アスルに電話をかけた。デルガドを自宅に落として己は少佐の家に行くと言ったら、アスルは一言「わかった」と答えて切った。
 マカレオ通りの自宅前でデルガド少尉を下ろし、テオは西サン・ペドロ通りの高級コンドミニアムへ行った。デルガドは自分で鍵を開けられるので、外で待つことはない。
 急な人数変更でも家政婦のカーラは動じない。元々主人のケツァル少佐の食事量が多いので、1人客が増えても影響がないのだ。少佐はカーラが持ち帰る量をちゃんと考えて食べる。満腹になる必要がないので、残す場合もある。残れば朝食で食べてしまうし、残り物がなければ彼女自身で作るだけだ。
 宴会の時と違ってごく普通の家庭料理をテオは味わった。カーラの料理はどれも美味しい。店を出してもやっていけるのでは、と言ってみたが、彼女は笑っただけだった。
 宴会の時と違い、カーラは後片付けもした。テオは皿洗いを手伝い、彼女が帰り支度をしてタクシーに乗るまで付き合った。
 部屋に戻ると、少佐はテーブルの上にオルガ・グランデの地図を広げていた。その横にあるのは、2年前にアンゲルス鉱石の本社でもらった坑道地図だ。

「バルデスがミイラを見つけた墓所は、現在の旧市街地の商店街の地下の様です。」
「墓の上で商売をしているなんて、誰も夢にも思わないだろうな。」
「でもこの区画の何処かに、墓所に入る入り口があるのです。」
「上から探しても時間がかかるだけだ。墓所から上に出る通路を探した方が早くないか?」

 アンゲルス鉱石は地下の工事現場を照らす照明機材や掘削機を所有している。

「地下の墓所って、通路状だろ? 両側に棚みたいに岩を掘って、そこに遺体を置いて行く形式だったと思うが。」
「その通りです。通路1本だけの小規模な墓所なのか、枝分かれして複雑に広がっている大規模なものなのか・・・」

 少佐は市街地図に何か見つけた。

「ここに教会があります。小さいですが、古いと思います。ここが怪しいですね。」

 彼女は紙面を指でトントンと叩いた。

「ミイラの様子をフィデルに”心話”で見せてもらいました。きっと地下で死んでしまったのでしょう。気の毒ですが、何処かで無断侵入したに違いありません。」

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