2022/01/09

第4部 花の風     16

  憲兵隊が到着したのはテオが電話を掛けてから半時間以上経ってからだった。憲兵隊本部はグラダ大学から車で10分もかからない距離なのに、何故そんなに時間がかかるのか、とケサダ教授は指揮官の大尉に苦情を言った。
 テオの研究室の前は人だかりが出来ており、大学当局の事務員や他の教授や学生達が集まっていた。テオは生物学部の学部長に事態を説明し、憲兵隊にも説明し、最後にやって来た学長にも説明した。喋りながら、何故ミイラが新しいと見破ったケサダ教授が説明しないのか疑問に思った。ケサダ教授はミイラを収容する作業を始めた憲兵達に指図して、テントを撤収し、自分の教室の学生達を引き連れて考古学部へさっさと帰ってしまった。
 テオは遺伝子工学教室の学生達と部屋の掃除をした。干からびた死体を目撃してしまった若者達にトラウマが残らないか心配だったので、気分が悪くなった人は医学部のカウンセラーを紹介すると言っておいた。
 憲兵隊の大尉は、テオに、ミイラが出土した場所はオルガ・グランデなので、捜査権は向こうの憲兵隊に移ると言った。但し、ミイラの身元を調べるのに遺伝子工学教室の協力を求める可能性もあるので、その時はよろしく、と言って撤収して行った。
 静かになるとテオはどっと疲れを感じた。今日は早く帰って休もうと部屋を片付けていると、ケツァル少佐が現れた。

「ミイラが現代人のものだったそうですね?」

 ケサダ教授から聞いたのかと思ったら、そうではなく、噂を立てることはマナー違反と考えるセルバ人らしくなく、ニュースが早々にテレビやラジオで流れていたのだ。大学で思いがけない死体が見つかったと、メディアがセンセーショナルに報道していた。
 テオは苦笑した。

「ケサダ教授が珍しく怒鳴っていたぞ。バルデスは彼が何者か知らないだろ?」
「恐らく、ただの考古学の先生としか認識していないでしょう。」
「教授はバルデスの嫌がらせかと疑っていた。バルデスは、あのミイラが恐ろしげなので鉱夫達が怯えたのだと言い訳していたけどね。」

 少佐が笑った。彼女はミイラは怖くない。怖いのは本気で怒った場合のケサダ教授だ。

「それで、遺跡発見は本当のことなのですね?」
「スィ。ミイラは他にもあるらしい。教授は別のものを送れとバルデスに要求していた。」
「普通のミイラが後で送られて来るのですか。」

 少佐は考古学部がある人文学の学舎を窓から眺めた。

「取り敢えず、新発見の遺跡として名称を決めて登録しないといけませんね。後で地図で位置を確認しなければ。」
「ミイラはチタンのインプラントをして、腕時計を嵌めていた。服装もボロボロだったが俺達と同じような服を着ていた。」
「チタンのインプラント?」

 少佐が興味を持ってテオを見た。

「見えたのですか?」
「ノ、俺には見えなかった。ケサダにはわかったみたいだ。」

 もしかして拙いのでは、とテオは感じた。ケサダ教授は無意識にミイラを透視してしまったのだ。だが、そんなことに疑いを抱く学生や憲兵はいただろうか?

「憲兵隊にも検死施設があります。恐らくレントゲンや解剖で死因や遺体の特徴を掴んで身元調査を試みるでしょう。DNA鑑定はその後です。」
「あの死体は、もう使われなくなった墓地にあったんだ。」
「墓地が500年近く前のものだと言っていましたね。きっと地下墓地の上にスペイン人が建物を築き、その後植民地支配が終わった後も建物が上に残ったのでしょう。アンゲルス鉱石は地下を掘って墓地に行き当たったのですから、死体はそれより前、誰かが地下墓地の入り口を知っていて、そこから入れられたものと思われます。或いは、誰かが入り込んで迷ってしまい、出られずに死んでしまったか・・・」

 少佐は肩をすくめた。

「事件なのか事故なのか、検死でわかると良いですが。」



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