2022/01/10

第4部 花の風     18

  週末迄は平和に過ぎた。テオの自宅ではエミリオ・デルガド少尉が宿泊して、日中テオとアスルが仕事に出ている間、彼は市内の図書館に行ったり、スポーツ施設へ出かけたりして休日を楽しんでいた。許可されている休暇の期限迄後5日あると言う。それ迄は本部に帰りたくない様だ。若者らしく遊んでいた。アスルは彼に家事を手伝わせなかった。彼も下宿生活で、家賃を安くしてもらっている代わりに家事をしているのだ。デルガドは彼にとっても客であって、後輩だからと言って使うことはなかった。テオはアスルのそんな妙に律儀なところが可愛く思えた。
 憲兵隊はミイラの検死をグラダ大学医学部に依頼した。医学部では警察と憲兵隊から検死を請け負っているが、ミイラは滅多にないので、見学者が多かった、とアリアナが電話でテオに教えてくれた。彼女も見学したのだ。
 ミイラの着衣や履物の分析は憲兵隊の科学分析室が行う。セルバ共和国でも司法はちゃんと科学的な設備を持っているのだ。レントゲン撮影で骨やデンタルインプラントが確認された。ミイラは左大腿骨を骨折しており、それで地上に出られなかった可能性も考えられた。法医はミイラを傷つける了承を憲兵隊から得ると、インプラントの歯を取り出した。腕時計や、着衣のポケットに入っていた身分証らしきもの、骨の細胞などを採取した。

「骨格から判断するに、ミイラは白人、男性、残った歯を分析するが、恐らく20代から50代と思われる。」

 憲兵隊は時計の製造番号やインプラントの歯からミイラの身元を探すだろう。何処まで真剣に捜査するのか不明だが。
 テレビのニュースで時計や判明した情報が報道された。テオはDNA鑑定の依頼が来るかと思っていたが、憲兵隊から連絡はなかった。
 考古学部はケサダ教授以下学生達も苦悶のミイラの身元に無関心だ。彼等はバルデスが新たに送ってきたミイラを調べ、D N Aの鑑定に回すことなく、15世紀の”ヴェルデ・ティエラ”オルガ族の支族のミイラと結論を出した。遺跡登録の為の出張も教授の助手が行くと言うことで、文化保護担当部もアンドレ・ギャラガ少尉を派遣することにした。彼等は週末を待たずに木曜日に出発した。時間がかかる路線バスではなく、騒音が酷いセルバ航空の定期便だ。航空機嫌いのギャラガはロホから乗り物酔い防止の御呪いをしてもらってから空港へ出かけて行った。
 テオが金曜日の朝、エル・ティティ帰省の準備をしていると、デルガド少尉が官舎に帰ると挨拶した。

「まだ2日あるだろ?」
「体を勤務時のサイクルに戻しておかないと、復帰初日がきついですから。」

 エミリオ・デルガドは爽やかに笑って、宿泊と食事の礼を言って朝日の中を出て行った。テオは玄関ドアを閉じてリビングに戻った。アスルが出勤準備を終えて、こちらも出かけようとしていた。デルガドと特に仲良しと言う素振りを見せなかったが、夜のチェッカーの相手がいなくなって寂しいだろうとテオは思った。しかしそれを言うと怒る人間なので、黙っていた。

「アンドレもマハルダもいないから、今日のオフィスは忙しいんじゃないか?」

とテオが言うと、アスルはフンと言った。

「昔に戻っただけだ。」

と言ってから、彼はチェッと舌打ちした。

「カルロもいないんだった・・・」

 今日の文化保護担当部は、ケツァル少佐とロホとアスルの3人だけなのだ。つまり、明日の軍事訓練も3人だ。彼は口の中で呟いた。

「マーゲイを引き止めておけば良かった。」

 テオは笑いそうになって我慢した。デルガド少尉は頭脳明晰だろうが武闘派のイメージが強い。オフィスワークをしている姿を想像出来なかった。土産物屋の息子と言うことだが、帰省中はどうしていたのだろう。結局、私生活を何も語らずにデルガドは去って行ったのだ。


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