2022/01/23

第5部 西の海     15

  現場監督のホセ・バルタサールは50がらみの男性だった。よく日焼けしたなめし革の様な肌をした先住民だ。もしかすると見た目より若いのかも知れない。先住民は若い時期は幼く見えて男性でも可愛らしい人がいるが、ある年齢を超えると急速に大人びて加齢に従い若いのに老成して見える。それだけ生活が過酷なのだ。都会でビジネスマンとして働いている先住民は地方の人々と同年齢でももっと若く見える。
 テオはバルタサールと引き合わされた時、先住民の挨拶を丁寧に行った。東海岸のアケチャ族の挨拶だ。バルタサールは一瞬戸惑った表情を見せ、それから、「私達はこうします」と言いたげに、少しだけ手の位置を下に下げて挨拶をした。それでテオは改めてそれを真似て見せた。エルムスが上から目線でバルタサールにグラダ大学の先生と学生の作業を手伝うよう命じた。バルタサールは「わかりました」と言い、テオに「ついて来い」と手で合図をして所長室を出た。だからテオとカタラーニもエルムスに「グラシャス」とだけ言って、急いで現場監督について出た。
 山から乾いた熱い風が吹きおろす村だ。従業員達が仕事の準備をしているコンクリート舗装の広場の様な場所にバルタサールはテオとカタラーニを連れて行った。彼がホイッスルを吹くと、男達が集まって来た。先住民がいればアフリカ系の人やメスティーソもいる。海沿いだから隣国からも労働者が来ているのだ。バルタサールがテオを見た。

「貴方から話をして下さい。私は難しい話は出来ない。」

 それでテオはカタラーニに検査の説明をさせた。彼が白人の使用人でないことをはっきりさせたかった。カタラーニはこれから行う検査が政府の事業であること、目的は先住民の分布状況調査で、先住民保護助成金の予算算出の参考とすること、調査対象はアカチャ族の各世代男女2名ずつなので、協力者は名乗り出て欲しいこと(決して強制ではないですよ、と彼は強調した。)、検査は綿棒で口の内側を擦るだけなので数秒で済むし、痛みは全くないこと、協力の報酬はないが短時間で済むので決して仕事の妨害にならないことを語った。
 アカチャ族だけが対象と聞いて、早くも自分は無関係と決めつけた人達が集会から離れて行った。結果的に14名が残った。全員男性だ。テオは彼等に年齢を尋ね、20代と30代が5人ずつ、40代が3名いたので、彼等が自主的に2名選ぶよう頼んだ。50代は1人で、バルタサールではなかった。
 最終的に残った7人に、テオは自分で実際に綿棒を使って実演して見せ、細胞サンプルを採取することに成功した。
 保冷ケースに検体を入れて、テオとカタラーニは労働者達に丁寧に感謝の言葉を述べた。40代のサンプルを提供したバルタサールが尋ねた。

「足りないサンプルを集めますか?」
「ノ、診療所でも行っているので、ここはこれで十分です。それに必ずしも全部の世代、男女揃わせなければならないと言うこともありません。アカチャ族の遺伝子のパターンさえ登録出来れば良いのです。」

 バルタサールはテオの背後の風景に視線を向けて言った。

「数年前、会社の健康診断と言うことで、色々なことを検査されました。その時に血液も採られた。後で聞いた話では、その血液をアメリカのどこかの研究機関が買ったと言うことです。」

 テオはドキリとした。国立遺伝病理学研究所のドブソン博士がアンゲルス鉱石の労働者達の血液を集めていた。彼はそこから偶然”ヴェルデ・シエロ”と思われるサンプルを発見して、その遺伝子の持ち主に会おうと初めてセルバ共和国の土を踏んだ。そしてエル・ティティでバス事故に遭ったのだ。そこから彼の新しい人生が始まった。

「今日のサンプルを外国に売ったりしませんから、安心して下さい。」

 それは事実だ。問題は助成金の額だ。アケチャ族とアカチャ族が別々に助成金をもらえるのか、一つにまとめられてしまうのか、だ。

「会社の健康診断は、会社が雇った医師が行ったのですか?」
「ノ。」

 バルタサールは診療所の方を指差した。

「ドクトル・センディーノとドクトラ・センディーノです。会社がお金を払って2人に健康診断をさせたのです。この営業所の従業員だけですが。」

 では鉱山は別の医師が担当したのだ。テオはバルタサールに協力の礼を言った。
スムーズに捗ったので、もしかすると残りの日々はオルガ・グランデ観光で過ごせるかも知れない。


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