2022/01/09

第4部 花の風     14

  夕刻、テオは文化・教育省の前で省庁が閉庁するのを待った。午後6時になると、ビルの中から一斉にお役人達が出て来た。裏手の駐車場へ行く人、バスターミナルへ向かう人、飲食店街へ消えていく人・・・。アンドレ・ギャラガとアスルが前後して出て来た。アスルがテオを見て顔を顰めた。

「まさか俺を迎えに来たんじゃないだろうな?」
「残念ながら違う。でも一緒に乗って帰っても良いぞ。」

 アスルは断るジェスチャーをして、1人で歩いて街中へ去って行った。多分、食材を購入して先回りして帰るのだ。料理は彼の趣味の一つだ。妨害すると怒るので、テオは彼が料理をしそうな日は少し遅れて帰ることにしていた。
 ギャラガはテオに「また明日」と挨拶してバスターミナルへ歩き去った。官舎に帰って質素な夕食を取り、勉強するのだ。
 ケツァル少佐とロホは話をしながら出て来た。テオに気がつくと、彼等は足を止めた。

「約束でもしてました?」

と少佐が不審そうに尋ねた。夕食の約束がなければ彼女は真っ直ぐ帰宅して、家政婦のカーラが作った美味しい夕食を1人で楽しみたいのだ。ロホはそんな上官の生活を知り尽くしているので、ちょっと笑った。テオは「そうじゃない」と急いで否定して、用件を述べた。

「土曜日に公園で声を掛けてきたアメリカ人の件だ。」

 少佐がカフェを見たので、ロホは「お先に」と帰ってしまった。テオは少佐に導かれるままカフェテリア・デ・オラスに入った。
 コーヒーだけ注文して、ロジャー・ウィッシャーとあれから日曜日と月曜日に続けて出会ったこと、ウィッシャーの怪しい父親探しの依頼を少佐に語った。

「大統領警護隊は人探しが任務ではありません。」

と少佐が不機嫌そうに言った。そうとも、とテオは同意した。

「だから、彼は大統領警護隊が警察か憲兵隊を動かしてくれないかと期待しているようなことを言っているんだ。」
「警察も憲兵隊も暇ではありません。」
「実際に動く必要はないさ。声を掛けてくれさえすれば良いんだ。俺も大統領警護隊に相談してみたから。」

 言いつつ、彼はアンドリュー・ ウィッシャーなる人物の写真を出した。ケツァル少佐はそれを見て、ますます不機嫌な顔になった。

「アンドレに似ていますね。」
「偶然だと思うが。それにC I Aなら、事前にアンドレの写真を入手して古い写真らしく加工も出来るだろう。俺たちに接近する理由を作るために。」

 彼女が気が進まなさそうな顔で写真を摘み上げた。

「兎に角、私達に好奇心を持った人物と言うことですね。セプルベダ少佐にこの件を預けても良いですか?」

 テオはドキリとした。セプルベダ少佐は大統領警護隊遊撃班の指揮官だ。遊撃班は正規任務でない突発的な事案に対処する部署で、隊員は大統領警護隊の中でもエリートと呼ばれる猛者ばかりだ。遊撃班が動けば、他の部署の隊員達は何か不穏な出来事があったなと思うだろう。そうなると何時かは”砂の民”にも知られる。

「ロペス少佐にも言ってあるんだ。人探しじゃないが、俺達に興味を抱いたアメリカ人がいるって。外務省からは何も言ってこないが。」
「シーロはアリアナの安全の為にも何か手を打つでしょう。でも彼自身が何かをすることはありません。彼の仕事は調査と指図です。実際の対処は、やはり遊撃班に指図が下ります。」

 結局セプルベダ少佐の部下が動くのだ。テオはカルロ・ステファン大尉がまだ地下神殿から戻っていないことを残念に思った。ステファンならこちらの我が儘を多少は聞いてくれるだろうに。何はともあれ、テオが大統領警護隊を動かすことは出来ない。
 テオはもう一つの用件に移った。

「別件でもう一つ用事がある。これは依頼じゃないんだ。ケサダ教授に頼まれたんだが、オルガ・グランデのアンゲルス鉱石が新しい坑道を掘っていて、遺跡を発見した。墓地らしい。そのうちアンゲルス鉱石から文化保護担当部に報告が行くと思うが、バルデスが忘れるようだったら困るから、君に伝えておいてくれ、と言うことだ。」
「新しい遺跡ですか。」

 少佐も本業の話になったので、ちょっと機嫌が直った。

「墓地と言うことは・・・」
「ミイラが出た。それで明日そのミイラが俺の研究室に届けられる予定だ。普通のセルバ人であると言う鑑定結果が欲しいんだとさ。アンゲルス鉱石の従業員達が”シエロ”の墓じゃないかと心配して働かないので、バルデスが困っているそうだ。」
「それはただのストの口実でしょう。」

 と少佐が苦笑した。


 

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