2022/01/09

第4部 花の風     13

  翌日、テオが大学の昼休みに学生達と世間話をしながらランチを楽しんでいると、考古学部のケサダ教授が近づいて来た。

「ブエノス・タルデス、遺伝子工学の諸君。」

 教授の挨拶を聞いて、テオはご機嫌良さそうだと思った。この先住民の先生はいつも服装がきちんとしていて、私服でも清潔感が漂う。女子学生達のみならず男性学生も憧れの目で見る人だ。学生達が振り返り、挨拶を返した。1人が冗談混じりに言った。

「いつも難儀なミイラの細胞を有り難うございます。今日のミイラは何ですか?」

 横に座っている女性が肘を突っついて注意を与えたが、教授は怒りもせずに微笑んだ。

「今日は君たちに人間のミイラをお願いしようと思ってね。」

 学生達がシーンとなったので、テオは可笑しくなった。

「遺跡から人間が出ましたか、教授?」
「スィ。」
「それは凄い!」

 遺跡が多いセルバ共和国だからと言って、簡単に人間のミイラが発掘される訳ではない。テオは興味を抱いた。現在ケサダ教授の教室の学生達が掘っているのは、比較的年代が新しく、ミイラを作る条件には適さない気候の東海岸地方の小さな遺跡5ヶ所だった。しかし、教授は言った。

「残念ながら私の学生達の手柄ではないのです。ミイラはオルガ・グランデのアンゲルス鉱石の坑道で同社の従業員達が掘り当てたのです。」
「坑道で?」

 テオは急に不安になった。「太陽の野に星の鯨が眠っている」と言う文言が刻まれている「暗がりの神殿」はアンゲルス鉱石社の坑道の地中奥深くにある。あの付近は既に金鉱を掘り尽くしたとして廃坑になっている筈だ。
 しかしケサダ教授は泰然として言った。

「新しい坑道を拡張する作業で、昔の墓所にぶつかったらしいのです。現地の考古学者が5世紀前の墓だと判定したのですが、鉱夫達が、もし”ヴェルデ・シエロ”の墓だったら呪いを受けると怖がって作業を中断しているらしく、困ったバルデス社長が鑑定を依頼して来ました。」

 セルバ人のミイラは布の衣で包まれて埋められる。エジプトのミイラの様な副葬品がないので、部族や年代の推定が難しい。勿論、その墓が発見された場所にどんな部族が住んでいたのか、現地の考古学者は調べているから推定出来ているのだ。しかし、怯える鉱夫達を宥める為に大学へ鑑定依頼が来た訳だ。
 学生達の中で囁き声が聞こえた。

「”ヴェルデ・シエロ”のDNAサンプルなんて存在しないぞ。」
「比較しようがないじゃないか?」
「馬鹿だな、現代人のDNAと比較して同じだと証明すれば良いのさ。」

 テオがケサダ教授を見ると、教授はその囁き声の会話を耳にして微笑んでいた。テオは学生の意見を支持した。

「ミイラを鑑定して、現代人と同じだと証明すれば良いのですね?」
「スィ。墓がある場所に昔住んでいた部族はわかっています。彼等は今でもオルガ・グランデで我々と同じ生活をしているので、サンプルが必要なら取り寄せます。」
「その必要はないでしょう。部族まで特定してくれとバルデス氏が要求されるのでしたら、話は別ですがね。それと関係なく、鑑定料金をしっかり請求されると良いですよ。こちらから、考古学部に請求する鑑定料に、そちらの手数料を上乗せして請求するんです。」

 ケサダ教授は愉快そうに笑った。学生達も笑った。女子学生が不安そうに教授に質問した。

「ケサダ先生、そのミイラは何時届くんですか?」
「予定では明日。」
「じゃ、私、休みます。」

 またテーブル周辺でドッと笑い声が上がった。
 ケサダ教授はその女子学生を指差して首を振り、それからテオに頼み事をもう一つ加えた。

「新しい遺跡発見と言うことになるので、大統領警護隊文化保護担当部にアンゲルス鉱石から報告が行くと思いますが、もし彼等がそれを怠った場合は罰則ものですから、貴方からミゲール少佐に前もって伝えておいていただけませんか?」
「わかりました。必ず伝えておきます。少佐に出会えなくても、クワコ少尉には必ず出会いますから。」

 ケサダ教授が立ち去ると、学生達の話題はミイラの細胞抽出方法に移った。テオはそれを聴きながら、何となく己の研究室の方向性を確立出来そうに感じた。ミイラの遺伝子鑑定だ。行き当たりばったりで家畜の遺伝子組み替えや植物の品種改良の研究の手伝いをしていたが、これから専門分野としてミイラの鑑定をしていこう。それなら文化保護担当部とも考古学部とも繋がりが持てる。

「そう言えばさぁ・・・」

と対面に座っている男子学生がつまらなそうな表情で言った。

「文化保護担当部のあの娘、デネロスは最近大学に来ないなぁ。」
「マハルダ・デネロスかい? そう言えば新学期が始まってから来ていないな。」
「忙しいんじゃない? 彼女、あれでも少尉よ。大統領警護隊の少尉って言ったら、陸軍の少佐みたいな位なんだって。」
「偉いんだ!」
「まだ20歳だよな?」

 1人がテオを振り返った。

「先生、デネロス少尉と最近出会いますか?」
「彼女は遺跡にいるよ。」

 テオはデネロスが男子学生達に人気があることを知って、ちょっと嬉しかった。

「オクタカス遺跡ってジャングルの中の遺跡でフランスの発掘隊の監視と護衛を指揮している。11月迄は帰って来ない。」

 男子学生達から失望のブーイングが上がった。

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